小林氏は首相官邸に駆け込んで「ホンハイの手に東芝メモリが落ちてもいいのか」と訴えたといわれている。小林氏や池田氏、前田氏は一流企業の現・元トップである。ぜひ、「WDで本当にいいのか」を真摯に議論してもらいたい。
8月31日の取締役会で「WDの独占交渉権」が決議されれば、社外取締役のブレーキが効かなかったということになる。東芝の事業再生を担当している投資銀行の幹部は「綱川社長は何も決められない」と憤っている。「どうやっても(東芝の期待する金額に)足りないところ(=WD連合)に売ってどうするのだ」とも批判する。
かつて経産省の言うままに米ウエスチングハウス(WH)を超高値で買わされた東芝は、再び歴史的なミステークを犯そうとしている。
中国当局の日本企業の重要案件の審査は最低でも9カ月かかる
独禁法審査は中国がカギだ。丸紅の米ガビロン買収では、中国大豆市場への支配力を強めるおそれがあると中国当局が指摘し、審査に1年2カ月かかった。キヤノンの東芝メディカルシステムズ買収では、特別目的会社や新株予約権などを使う複雑なスキームを中国当局が問題視して9カ月かかっている。
東芝メモリの売却にWDが絡むことによって、最低でも9カ月はかかるとみる向きが多い。日本企業ではないが、中国当局の禁止通告で国際的な提携計画が撤回に追い込まれた事例があることを留意しておきたい。
NAND型フラッシュメモリの世界シェアは、韓国のサムスン電子が35.2%でトップ。2位は東芝で19.3%、WDは3位で15.5%を占める(2016年実績)。3位のWDが2位の東芝メモリを買収して多くの株式を持てば、サムスンとWD陣営の2社が圧倒的なシェアを握ることになる。世界各国で独禁法に抵触しないかどうかの審査に時間がかかるのは当然といえる。
(文=編集部)
【続報】
東芝メモリの売却は再び混沌
東芝は8月31日、取締役会を開き、東芝メモリの売却先について米ウェスタンデジタル(WD)陣営など3陣営との交渉を続けることを確認した。WDとの交渉に溝があることから、独占交渉権を付与することを見送った。
東芝は31日、「本日開催した取締役会では売却交渉状況を報告し、検討したものの、開示すべき決定事項はなかった」と発表した。売却先をWDに絞り込めなかったということだ。「決められない」東芝の経営陣の優柔不断さが今回も際立った。優先交渉権を得ながら、WD陣営に弾き飛ばされそうになった米投資ファンドのベインキャピタルが主体となって新たな提案をしてきたことも影響した。米アップルが最大4000億円を拠出して東芝メモリの優先株を取得するというものだ。ベインとアップルと東芝本体が買収の主体となる。WDによる東芝メモリ売却の差し止めの申し立てが解決した段階で産業革新機構など他のメンバーに東芝メモリ株を譲渡するという“くせ球”である。
関係者によると、ベインが東芝メモリに2000億円出資。東芝も同額を拠出し、同等の持ち株比率となる。アップルと韓国のSKハイニクスは優先株による出資をするというスキームだ。このため、8月31日の東芝の取締役会はWD陣営に独占交渉権を付与するのを見送る方向が固まっていた。優先交渉権に切り替えるとの見方もあったが、さらなる後退を余儀なくされた。
WD陣営も一枚岩ではないことが露呈した。KKRは持ち株のフリーハンドを維持することを要求している。東芝はKKRに対して、「将来、持ち株をWDに直接譲らないよう」確約すること求めているが、条件の良い相手に自由に売りたいKKRは東芝の要求に難色を示している。KKRは投資ファンドだから当然の主張だ。
東芝本体が2000億円出資することにもKKRは「議決権の割合が下がり、影響力が低下する」との理由で賛成していない模様。一方、経産省に玄関払いされた台湾の鴻海精密工業はソフトバンクグループや米グーグルを加えた新しい連合で巻き返しを狙っている。
結論をいえば、8月31日には何も決まらなかった。綱川智社長は経産省や主力銀行に「9月中旬までに決着をつけたい」と伝えているが、売却協議は9月以降、さらに長期化する様相を見せてきた。今後は再び3陣営の案を検討することになったわけで、「新提案の精査に時間がほしい」としている。とはいってもベインキャピタルの新提案の検討と並行してWDの譲歩を期待することになるわけで、どちらも成算があるわけではない。いずれにしても、東芝の経営再建は見通せなくなった。