自民党の一億総活躍推進本部が、週休3日選択制を政府に提言するというニュースを踏まえ、日本の労働生産性の低さに関して、本連載前回記事では「産業構造的視点」から分析した。今回は「個人のモチベーションの視点」から検討する。
日本の労働生産性の低さに関して、産業構造に関連する要因が影響を与えている部分は少なくはないが、もちろん個人の問題も見逃せない。
古いデータではあるが、2011年に米国のコンサルティング会社・ケネクサが世界28カ国で実施した「従業員エンゲージメント(やる気度)調査」において、日本は31%と最下位であった。また、同じく米国のコンサルティング会社・ギャラップが2017年に139カ国で実施した調査において、「熱意あふれる社員」の割合が日本は6%で、米国の32%を大きく下回り132位と、最下位クラスになってしまっている。
こうしたデータを見て、みなさんはどのように感じられるだろうか。正直、筆者にそれほど大きな驚きはない。皮肉を込めると、それほどまでに日本は素晴らしい社会ともいえなくもない。なぜなら、たとえば、おなかがペコペコに減っていると、食料を獲得するために人はもちろん全力で頑張るだろう。しかし、それほど減っておらず、さらに少し手を伸ばせば簡単に食料が手に入る環境で必死になる人が少ないのは、当然の帰結ともいえる。現在の日本社会は、そうした状況に思える。
筆者がフィリピンの大学で講義をしていた時は毎回、まさに必死であった。もちろん、新天地でフィリピン人の学生たちを大いに刺激したいという前向きな意向もあったが、2期連続で学生からの授業評価が良くなければクビになるという恐ろしいシステムがあったからである。その基準は7段階評価で上位2段階までに入っていなければならないというシビアなものであった。
さらに研究にもノルマがあり、実際、親しい同僚のなかでも大学を去ることになってしまった者もいた。幸い筆者は、外国人の教員が下手な英語で一生懸命に頑張る姿に多くの同情を得られたからか、比較的良い評価であったが、なかなかスリリングな体験であった。もちろん、多くのフィリピン人が親日的であるといったことも大きく影響していたことだろう。
筆者が知る限り、授業評価の結果により、クビになる、もしくは減給になるといった大学は、日本には存在しない。もちろん、こうしたシステムが絶対的に正しいと主張するつもりは毛頭なく、何事にも明と暗は存在する。
翻って日本に注目すると、多くの人がそれほど必死にならずとも食べていくだけならばなんとかなるという豊かな社会であり、個人の権利の重要性が、見方によれば過剰と思えるほど叫ばれている。こうした社会における従業員のマネジメントは、極めて困難な課題である。しかも、近年、人材不足が叫ばれるなか、より深刻になっているように思われる。
学生たちを見て感じること
大学には体育会をはじめ、さまざまな部活動があり、講義の時とは別人ではないかと思われるほど、必死に頑張る学生の姿が目に付く。その理由は、もちろん好きなことをやっているからということもあろうが、全国大会を目指してなど明確な目標のもと、自らの力を発揮でき、競い合い、評価される場や仕組みがしっかりと用意されているからではないかと思われる。筆者のゼミにおいても、研究大会へのエントリーが決まると、学生たちのモチベーションは驚くほどに上昇する。
しかし、企業における業務では、営業など一部の職種を除けば、こうした場や仕組みが十分には整備されていないのではないだろうか。月並みではあるが、目標設定や評価に関して、精緻なシステムを構築し、さらに納得性の高い運用がなされることが肝要であろう。そのためには、一般社員以上にトップをはじめ、管理職の本気度が試されているように思われる。
たとえば、多くの大学では試験において全員に100点を付与することも可能である。仮にそうした場合、誰からも文句を言われることはなく、おまけに「優しい」「いい先生」といった評判を労せずして勝ち取り、精神衛生上、極めて良好な日々を過ごせることだろう。しかしながら、簡単に100点が取れる状況となれば必死に努力する学生が少ないことは明白であり、当然のことながら、彼・彼女らのためにならないわけである。
こうしたことを踏まえれば、部下から嫌われる覚悟を持って初めて信頼を勝ち得るスタート台に立てるということかもしれない。
若手社員の実情はまったくわからないが、少なくともその前の段階である学生たちは目標設定と評価の仕組みがしっかりしていれば、十分に頑張ることができる素養を持っていることは間違いない。
(文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授)
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