そしてこの目標のために打ち出されたのが、“破壊(構造改革)と創造(成長戦略)”です。構造改革というのはリストラです。それも明確な戦略のないリストラ、つまり人員削減ですね。その費用がかさんだため、02年3月期は大幅な赤字を計上することになりました。だから、リストラ費用がなくなる03年3月期は前年よりも回復するのは当然で、中期経営計画通りならば、もっと本業は回復していなければならないわけですよ。ですから「V字の回復ではない」というのが私の見方です。
それから、“破壊と創造”で、長年続けてきた太陽電池の研究開発を中止してしまいましたし、コア事業だった電池事業を強化することにも失敗していました。その結果、オール電化などエネルギー関連の製品が次の成長のエンジンとなる可能性があるとなったときに、再建途上にあった三洋に飛びついたわけですね。しかも、すべてを処理した後に買収すればいいのに、不要な部分も含めて全部買収してしまった。白物家電事業はハイアールに売れましたけれども、テレビ事業は売れなかったため、リストラ費用がかさんだのですね。
行き当たりばったりで、戦略が何もない。結局、中期経営計画の目標は達成できませんでした。つまり、「経営理念以外は“破壊”の対象」として、“力の源泉”まで失ってしまったわけです。“破壊”はしたけれども、“創造”の成果がまったく出なかったと言わざるを得ません。そして、中村元社長は、その経営責任を問われることはありませんでしたね。その中村元社長さんを、日経新聞を先頭に、多くのメディアがV字回復を果たした優良経営者として褒めたたえたわけです。
–中村元社長は、なぜ責任を問われないのでしょうか?
立石 中村さんをはじめとする当時の経営陣たち自身が、間違ったとは思っていないからです。ただ「タイミングが悪かった」「時代が悪かった」「社員が指示通りに動かない」と、環境のせいにしている。自分が間違っていると思わないから反省しない。反省しないから、どうしたらいいのかという対案も生まれないわけですね。
●変質した企業カルチャー
–中村さんの社長就任以来、パナソニックの企業カルチャーは変質したと書かれていますね。
立石 中村さんの社長時代は、ものすごく閉塞感が漂っていました。例えば、“経営がわかる人事”という名目で、人事の人間が他部署のミーティングに同席するわけですよ。そして社の方針に対して反対意見を言った人には、“中村改革の反対派”というレッテルを貼る。レッテルを貼られたくないから、みんな黙ってしまう。そのようにして、自由な発言を封じて反対勢力を駆逐していった。その結果、松下が持っていた自由闊達な雰囲気や多様性が失われ、イエスマンしかいなくなりました。松下の社員はよく金太郎飴だといわれますが、昔は違っていましたよ。決めたことに従うという意味では昔も金太郎飴だったかもしれませんが、個性豊かな人が多く、それぞれに主張を持っていました。
私はパナソニックを長い間取材してきましたが、「幸之助さんもいろいろ失敗しました」というように、松下幸之助さんを神格化せずに話をしてくれる人も結構いました。ですが、中村さんの失敗を口にする人は誰もいませんでしたね。
中村さんが絶対的な権力を構築する上で大きな役割を果たしたのは、人事と情報、つまり広報ですね。その2つを握れば、誰も反対できませんから。広報部長を人事部出身者で固めたのはそのためです。これは人事部長だった村山敦さんが、「広報はたるんでいる」といって、人事部から広報部長を出すようにしたからです。元広報部長で現専務役員の鍛治舍巧さんや、現広報部長の江川哲雄さんも人事部出身ですよね。
さらに、どういう企業でもファイヤーウォールを作って、広報と宣伝とは別組織にしていますが、松下にはそのファイヤーウォールがありません。つまり、宣伝としてお金を出す人も広報する人も一緒です。だから、言論弾圧ではないですけれども、悪いニュースをつぶすということは平気でできるわけです。メディアにとっては広告を出稿してくれる大事なお客様ですからね。いわば自主規制のようなものが働いて、お客様にとって都合の悪い話は書けませんよ。だから多くのパナソニック社員は、「パナソニックはうまくいっている」と思っていたようです。