実地調査
予約した時刻の10分前に調査先の法人の前に着き、予約時刻ちょうどに受付を訪ねました。
会議室や応接室ではなく、入り口外の喫煙所のベンチに案内されました。従業員が入れ代わり立ち代わりタバコを吸っている横で30分待たされ、ようやくビルの2階の資料室へと通されました。資料室には、机だけで椅子はなく、切れかけの蛍光灯がぼんやりと部屋を照らし、大音量で流れるカーペンターズの『Top Of The World』がカビ臭い壁に響いていました。
その資料室でさらに立ったまま長時間待たされました。部屋を出て人を呼ぼうにも、どこに誰がいるのかもわかりません。トイレに行きたくなり廊下に出ると、男子トイレのドアには「使用禁止」の張り紙がありました。
約30分待つと、経理担当者が手ぶらでやってきました。概況を話し、帳簿を確認したい旨を伝えると、「わかりました」と言ったきり20分戻ってきません。ようやく届いた総勘定元帳も1年分のみ。取り急ぎ、重要な部分をコピーして保存するために、コピー機を貸してほしいと所望すると、社内のすべてのコピー機が故障していると言います。にわかには信じがたいですが、どうすることもできません。代替案を考えねばなりません。また、税務調査では最大7年、最低でも3年分の帳簿書類を確認するので、他の年分の帳簿も要求しました。
経理担当者は「わかりました」と言って部屋を出ようとしたので、一緒について行くことにしました。下の階に降り、事務所のような場所に入ると、社長と従業員2名が立って話をしていました。どうやら、どうやって調査を遅滞させようか考えているようでした。その横では、髪の毛をくすんだ茶色に染めた事務員の若い女性がコピー機を使用しています。
このように、調査自体を拒否することはせず、ささやかな妨害をしてくることはままあります。それは、国税通則法によって税務調査の拒否ができないからです。
【国税通則法第127条(抜粋)】
次のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金
二 第74条の2の規定による当該職員の質問に対して答弁せず、若しくは偽りの答弁をし、又はこれらの規定による検査、採取、移動の禁止若しくは封かんの実施を拒み、妨げ、若しくは忌避した者
三 第七十四条の二の規定による物件の提示又は提出の要求に対し、正当な理由がなくこれに応じず、又は偽りの記載若しくは記録をした帳簿書類その他の物件を提示し、若しくは提出した者
【第74条の2(抜粋)】
国税局若しくは税務署は、所得税、法人税の調査について必要があるときは、質問し、その者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査し、又は当該物件の提示若しくは提出を求めることができる。
税務調査を拒否することは理論上可能ですが、懲役や罰金の対象となることがあり、実際に拒否する人はほとんどいません。このような調査を「任意調査」といいます。実質的に強制である任意調査の際、拒否する代わりに調査を妨害するために時間を稼いだり、物品の貸出を渋るという行為は、調査官なら誰でも一度は体験します。
しかし、このようなことをすると、かえって調査官の心象が悪くなり、税務調査の頻度が高まったり、より強硬な調査官を招き入れることになります。会社の将来を考えて、調査には協力的な姿勢を取ることをおすすめします。
(文=さんきゅう倉田/元国税職員、お笑い芸人)