ビジネスジャーナル > 企業ニュース > ソニー失敗の象徴AIBO復活の意味  > 2ページ目
NEW

ソニー、出井伸之路線失敗の象徴「AIBO」復活の意味

文=兜森衛
【この記事のキーワード】, ,

初代AIBO開発者の天外氏は“aibo復活”をどう見ているのか?

「決算の数字なんかどうでもいい。夢のない会社になっていたソニーが、再び夢を語れる会社になったことが大事。そういう意味ではソニー復活と言えるんじゃないかな。AIBOに関わった技術者の7割が残っていたことも大きい。彼らがいなければ、こんなに早く開発できなかったからね。デザインだけじゃなく、性能も大きく変わっている。CPU性能だって初代AIBOの4万倍だからね」

 こう語るのは、初代AIBOを開発した天外伺朗氏(75)だ。

 AIBO開発当時の名前は土井利忠。肩書きはソニー執行役員上席常務兼ソニーコンピュータサイエンス研究所会長で工学博士。「天外伺朗」は手塚治虫の漫画『奇子(あやこ)』の登場人物の名前で、その名前の響きが気に入った土井氏が、手塚氏の許可を得て使用していたペンネームだ。天外氏は技術者でありながら、スピリチュアルな世界にも関心を示し、『ここまで来た「あの世」の科学』(祥伝社)など精神世界に関する多くの著書を天外伺朗名で上梓している。

 04年にソニーの経営会議でAIBO、QRIOなどロボットビジネスからの撤退が決まると、天外氏は出井会長(当時)と公開メール上で大げんかを繰り広げた。そのメールはCC(カーボンコピー)され技術者100人と共有されていた。「出井会長vs.AIBO技術者軍団」による壮絶なバトルだった。

 06年3月にAIBOの生産中止を見届けた天外氏は、同年6月にソニーを退社した。数カ月後、苦楽を共にしたソニー関係者を招き、自らが喪主となり“土井利忠”の生前葬を行い、以後、正式に“天外伺朗”を名乗った。前出・麻倉氏は天外氏についてこう語る。

「ソニー創業者の井深大さんは、精神世界の深いところで、科学と技術の接点があると考えていた。天外さんはその井深イズムを托された継承者だった。天外さんは今は経営コンサルタントですが、あの頃はロボットに掛けていましたからね。03年に話を聞いたときも、15年にはロボット王国になって、ソニーが中核的な地位を占めるんだということをおっしゃっていた。天外さんにしてみると、やっと来たかという感じかもしれませんね」

ソニー、出井伸之路線失敗の象徴「AIBO」復活の意味のページです。ビジネスジャーナルは、企業、, , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!