武田薬品工業によるアイルランド製薬大手シャイアーの買収から2年あまりが経過した。日本のM&A史上最大の買収額(9兆円、負債2兆円を含む)となったことで注目された。シャイアーは武田の完全子会社になり、売上高は両社の単純合計で3兆4000億円に達し、世界第9位のメガ製薬会社が誕生した。
武田は、がん、中枢神経、消化器系疾患、ワクチンを中核事業としてきた。シャイアーの買収で新たに希少疾患と血液製剤が加わり、6つの分野で今後は成長する戦略を打ち出した。一方で、買収前に6911億円だった有利子負債は、シャイアー買収後の19年3月期に5.4兆円まで膨らんだ。格付け会社ムーディーズは武田の格付けを3段階引き下げた。
この2年間、武田は膨らんだ負債の圧縮に専心してきた。100億ドル(1兆600億円)の目標を掲げ、資産売却に着手。第1弾として19年にシャイアーの医療用眼科薬「シードラ」をスイスのノバルティスに最大5800億円で売却した。「シードラ」の18年の売り上げは、世界で420億円あった。
武田が販売してきた手術用のパッチ剤「タコシル」も米ジョンソン・エンド・ジョンソンの手術用機器子会社に440億円で売り渡した。一般用医薬品子会社、武田コンシューマーヘルスケアを米投資ファンド大手ブラックストーン・グループに2420億円で譲渡、ビタミン剤「アリナミン」や風邪薬「ベンザ」といった武田の顏といえる大衆薬がなくなった。武田コンシューマーヘルスケアの20年3月期の単体売上高は608億円、営業利益は128億円をあげていた。クリストフ・ウェバー社長は「成長を促す投資ができないなら持ち続けるのは正しくない」と売却を正当化した。
21年3月31日、ブラックストーンへの売却手続きが完了。社名はアリナミン製薬に変更された。高い知名度を誇る商品を社名に冠することでブランド力を高める戦略だ。アリナミン製薬の初代社長にはエーザイ副社長を務めた本多英司氏が就任した。アリナミンのテレビCMも大きく変わった。
中国で販売している高血圧治療薬「エブランチル」を含む循環器疾患の医薬品を中国の製薬会社ハステンバイオファーマシューティックに330億円で売る。21年6月末までに手続きを完了する。
さらに、4月1日、国内の糖尿病事業を帝人傘下の帝人ファーマに1330億円でトレードする。糖尿病薬はかつては主力分野だったが、現在は重点分野に含まれていない。具体的には糖尿病薬の「ネシーナ」「リオベル」「イニシンク」「ザファテック」の4品目で20年3月期の国内売上高は308億円。武田が国内で製造販売する糖尿病薬は1つだけとなった。事業売却の目標額を100億ドルとしてきたが、19年1月以降、12件で最大約129億ドル(約1兆4000億円)に上る。
その一方で、がん治療をはじめとする主力分野では買収や提携で新薬候補を充実させる。米バイオのスタートアップのマーベリック・セラピューティクスを買収する。金額は最大570億円(5億2500万ドル)。買収手続きは21年4~6月に完了し、従業員約40人は武田に移籍する。
マーベリックは16年設立で、免疫細胞が、がん細胞を認識したり攻撃したりする力を高める技術を持つ。固形がん向けの新薬候補が複数あり、一部は臨床試験(治験)を実施中だ。武田は買収に伴い、一時金のほか新薬候補の開発や承認申請、実用化の状況に応じた金額を支払う。
10年後に売上高5兆円を目指す
「2031年3月期までに売上高5兆円を達成するのは現実的な目標だ」。昨年12月9日、オンラインによる研究開発(R&D)説明会で約300人の証券アナリストを前に武田のウェバー社長は、こう力説した。
武田は3カ年の中期経営計画を掲げ、売上高や営業利益の数値目標を示してきたが、それをやめていた。中長期の具体的な経営目標を示すのは19年のシャイアー買収後初めてだ。5兆円を海外の製薬大手に当てはめると、スイス・ノバルティスや米メルクに匹敵し、メガファーマとして地位が盤石になる規模だ。
21年3月期の連結決算(国際会計基準)は、売上高に当たる売上収益は前期比3%減の3兆2000億円、営業利益は4.3倍の4340億円、最終利益は4.0倍の1805億円を見込む。収益は大幅に改善する。
20年4~12月期の実績を見ると、潰瘍性大腸炎・クローン病治療薬「エンティビオ」の売上収益は前年同期比24%増の3193億円を叩き出し、ドル箱だ。免疫皮下注製剤「免疫グロブリン」は14%増の2480億円。血液がんの抗がん剤「ニンラーロ」は20%増の679億円。主力の医薬品が伸びた。
債務の圧縮のために行った事業売却だけでなく、一部製品への後発薬の参入が響き連結売上収益は減収になる。営業利益はノンコア資産の売却益の計上で大幅な増益を予定している。ブラックストーンへの大衆薬子会社の売却については、今期の業績予想に織り込んでいない。
純有利子負債は20年12月末時点で3.9兆円。調整後EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)に対する純有利子負債の割合は3.6倍。買収直後の4.7倍から改善した。24年3月期までに2倍まで引き下げるとしている。
「タケダブランド」の象徴ともいえる「アリナミン」の大衆薬事業を売却するなど、なりふり構わぬ事業の切り売り生活が続く。
(文=編集部)