このコストカットが、今回の経営統合の理由だ。報道では、コストカットでは物足りないという、どちらかというと消極的、あるいは富士ゼロックスの経営改革が難しいといった後ろ向きな論調が多い。
しかし、それを理由に経営統合によるコストカットの実現を先送りしていては、いつまでたっても経営の改善を実現することは難しいだろう。また近年、世界の大手企業の経営を見ていると、市場シェアの拡大とコスト削減を同時に進めることが、競争に勝ち残るために不可欠となっている。特に企業の規模が大きくなれば、シェアの確保は死活問題といえる。アマゾンやグーグルの成長を見ていると、特定の分野に固執するのではなく、さまざまな分野でのシェアを拡大し、より多くの付加価値を生み出す体制を整備している。
富士フイルムにも同様の考えがあるはずだ。経営統合によって、富士ゼロックスは世界トップの事務機器関連企業となる。加えて、コストカットも実現できる。それをやらない手はない。そうしたシンプルな発想を実行に移すことは、口で言うほど容易なことではない。そのうえで、新しいビジネスの成長を模索し、事務機器市場の競争をリードしていこうとしている。
見逃せないガバナンスの徹底
経営統合が決まったことによって、中長期的に富士ゼロックスの成長戦略はより柔軟かつ大胆なものになっていくと期待される。たとえば、ペーパーレス化に着目して、これまで紙ベースで保管されてきた書類などをデジタル化し、クラウドコンピューティングのシステムに保存するサービスなどが提供されれば、需要を生み出すことができるだろう。
そうした戦略を実行に移していくためには、経営統合後の2つの組織を、いかに調和させ、ひとつの指揮系統にまとめていくかが重要だ。わが国の企業の海外展開を見ていると、東芝をはじめ買収した海外企業のガバナンスに失敗したケースが多い。
2010年度からの6年間にわたって、富士ゼロックスのオーストラリアとニュージーランドの子会社で不適切な会計処理が行われていた。その教訓を生かし、現地のカルチャーを尊重しつつ、明確なビジョンを提示して、従業員のコミットメントを引き出す経営が求められる。富士ゼロックスに関して、古森氏自らが取締役会のチェアマン(最高責任者)に就任することを表明している。それは、富士フイルムとしてシナジー(相乗効果)の実現に取り組むための、現時点で最大限のコミットメントといえる。
計画通りのコスト削減などが実現できれば、経営統合は、富士フイルムの企業価値の向上につながるだろう。そのなかで、古森CEOの後継者が頭角を現し、スムーズに経営者の世代交代が進むことも重要だ。
今回の経営統合は発表された内容を見れば当たり前のようにも思えるが、わが国の企業が米国の名門企業を傘下に収めるという、かなり思い切った決断ともいえる。現CEOの才覚だけでなく、組織全体でイノベーションを実現し、常に成長を目指す組織体制を整備することが欠かせない。見方を変えれば、行動様式の異なる組織がひとつになることによって、これまでの富士フイルムにはなかった発想が経営に持ち込まれる展開を目指すべきともいえる。
事務機器だけでなく、ヘルスケアやイメージ関連の分野でもグローバル規模での競争がし烈化していくと考えられる。ガバナンスの徹底を通して迅速に成長戦略を実行できる組織体制を整えることが、今後の課題だろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)