民事訴訟の一審と控訴審は「どのような事実があったか」も争われるため、なぜオリンパスが公益通報者保護法などを犯すに至ったのかも争点にしたかったのだろう。社内弁護士は深セン問題を単なる内部告発事件として矮小化するのではなく、企業統治も内部統制もできていないオリンパスが起こした贈賄事件としてはっきりさせることを狙っているのではないか。訴状のほかに関係者の間で交わされたメールや、法律事務所から取得した意見書、そして前回記事で触れた社外取締役宛ての通知書などが証拠として添付されているのは、そのためだろう。オリンパス内部でどのような問題が生じていたのかだけでなく、その処理方法をめぐって意見の対立が深刻化しているのかを物語る内容ばかりだった。
榊原弁護士が起こした訴訟がメディアで報じられている間にも、「FACTA」編集部には毎週のように内部資料が届けられていた。次にやってきたのは、オリンパスが国内外で抱える144件もの訴訟(2017年9月末時点)のリストだった。米国でオリンパス製の十二指腸内視鏡が超耐性菌の大量感染問題を起したことで、米国を中心に患者が相次いで訴訟を起こし、損失隠しその他も合わせると驚くべき件数の訴訟を抱えているという内容だった。
上場企業が業績などに影響を及ぼす訴訟を抱えたり、偶発債務が発生する恐れが生じた場合、有価証券報告書に記すことがある。しかしオリンパスの有価証券報告書には144件もの訴訟を抱えているとの記載はない。一件当たりの訴額が比較的小さいうえに、将来支払いを求められる可能性がはっきりしないためであろうが、弁護士費用は年間50億円前後に達している。これらは株主が知らないまま支出される可能性があり、情報開示上の問題があるはずだ。
これとは別に、もうひとつ重要な資料も送られてきた。海外の有力法律事務所から取得した3通の意見書である。オリンパスのアジア・パシフィック地域統括会社(OCAP)のマネジャーが2017年に3つの法律事務所に意見書を求めたところ、いずれも「深センでのコンサル契約は米連邦海外腐敗行為防止法(FCPA)に違反し、高額の罰金を支払わなければならないリスクが高い」という趣旨だったことは、前回記事で触れた。その3つの意見書が届けられたのである。
2015年に西村あさひ法律事務所などがまとめた「最終報告書」は日本語で書かれているのに対し、3通の意見書はいずれも英文で記されている。「FACTA」の英訳記事を読んでいる海外の読者からは、しばしば「オリンパスの報告書や意見書に英語版はないのか?」と問い合わせが来ており、これを「FACTA」のHP上で公開すれば、海外のうるさ型の投資家は深セン問題を座視していられなくなる。
筆者は「FACTA」の阿部重夫主筆と相談し、6月に3通の意見書をそのHP上で公開した。もちろん閲覧は無料である。日本以上に投資対象企業のコンプライアンス(法令順守)に厳しい海外の投資家の目に触れれば、6月の株主総会を簡単には乗り切れまい。
(文=山口義正/ジャーナリスト)
●山口義正
ジャーナリスト。日本公社債研究所(現格付投資情報センター)アナリスト、日本経済新聞記者などを経てフリージャーナリスト。オリンパスの損失隠しをスクープし、12年に雑誌ジャーナリズム大賞受賞。著書に『サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件』(講談社)