日米のベンチャー市場の差を生む、シリアルアントレプレナーとは何か? 起業の最前線
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現在のソーシャル × モバイル化へと続くWeb2.0時代の到来をいち早く提言、IT業界のみならず、多くのビジネスパーソンの支持を集めているシリアルアントレプレナー・小川浩氏。『ソーシャルメディアマーケティング』『ネットベンチャーで生きていく君へ』などの著書もある“ヴィジョナリー”小川氏が、IT、ベンチャー、そしてビジネスの“Real”をお届けする。
仕事柄、海外のITベンチャーの動向を研究することが多いのだが、米国には本当に何度も起業を繰り返す、いわゆるシリアルアントレプレナーが多いなと思う。
アップル創業者のスティーブ・ジョブズ亡き後、最もクールなCEOと称されるようになったEV(電気自動車)メーカー、テスラ・モーターズのイーロン・マスクや、オンライン決済企業であるスクエアのジャック・ドーシー等、数えればいくらでも出てくる。
彼らのように、成功の上に成功を重ねて、バイアウト(買収)やIPO(株式公開)などのLiquidity event(保有株式を現金化するイベント)を経験した上で、さらにまたスタートアップ(ベンチャー企業)を興すタイプも多い。また、シリコンバレーではAcqui-hireといって、優秀な人材をまとめて手に入れるために会社ごと買ってしまう手法が一般化してきており、それほど大きくない成功にいったんは甘んじるものの、数年後に再びスタートアップを興すという例も多い。
翻って日本国内を見ると、ようやくシステマティックな資金調達の手法の普及や、ベンチャーにIPOの道を広げるアクティブな株式市場の整備が進み、起業家自体の数や、実際の成功例が増えてきている。だが、そのあとにシリアルアントレプレナーとして別のスタートアップに挑戦する人がまだまだ少ない。
従来の日本におけるスタートアップの買収は、経営に行き詰まったり、自力でこれ以上の成長が見込めなくなった場合の、文字通りの“身売り”が多かった。しかし最近になってソーシャルゲーム市場における大型の買収劇や、Acqui-hireも増えてきているし、IPOを経験した経営層が古巣を飛び出るケースも多くなってきているので、シリアルアントレプレナーブームが到来してもよさそうなものだ。
●新興企業市場の成長を牽引する人たち
しかし、現実には、倒産の憂き目や“身売り”型の買収を経験した起業家の中には、リスクの大きい起業家人生をあきらめ、既存企業の一員としての道を選ぶ者が多い。そして、IPOや条件の良いバイアウトに成功した起業家たちは、それなりのキャッシュを得たあとで再びスタートアップを興すのではなく、スタートアップの支援に移る。つまり投資家への道を選ぶことが圧倒的に多いのだ。
ネットスケープやNing.comなど、多くのLiquidity eventを経験してなお革新的なスタートアップの創造に向かうマーク・アンドリーセンや、ファッションECの大成功例として日本上陸もカウントダウン状態となったFab.comのジェイソン・ゴールドバーグ、オンライン記録サービスのEvernoteのフィル・リービンなど、米国では尊敬される数多くのシリアルアントレプレナーが存在し、彼らが新興企業市場の成長を牽引している。
違う見方をすると、典型的なシリアルアントレプレナーとはLiquidity eventの実行間隔を短く設定する起業家たちであるともいえる。IPOではなく、バイアウトを狙うタイプの起業家だ。もちろんIPOをしてから再度スタートアップを興すシリアルアントレプレナーもいるが、基本的にはバイアウトをイグジット(出口)戦略の中心に置く。
スタートアップは、急成長実現への金銭的支援の見返りとして、自社株を投資家に引き渡す。だから起業家は、投資家がその株を売って現金化するチャンス(すなわちLiquidity event)をつくる義務がある。IPOを狙って、リターンの最大化を狙うのが正攻法とすれば、バイアウトによって細かくチャンスをつくるのも一つの手だ。ランナーをためてホームランを狙うか、バントやシングルヒットを積み重ねていくかの違いである。
日本では銀行主導のVC(ベンチャーキャピタル)が多いせいか、どうしてもIPOを軸にした成長戦略を考えるが(だからシリアルアントレプレナーをトリックスター扱いにするが)、米国では短期間で投下した資金を効率よく還元してくれるシリアルアントレプレナーへの評価は低くない。
シリアルアントレプレナーは繰り返し起業する人ではなく、成功したあとにも再び新しい事業を志す人であり、経営者というよりはクリエイター志向の起業家だ。