岡野家のファミリー企業は、スルガ銀行の15%程度の株式を保有している。それは、スルガ銀行の収益獲得が、創業家の利得に直結する構造があることを意味する。自らの利得を増やすために創業家出身の人物が営業部門に対して達成の実現が難しいほどの営業目標を課したことは想像にかたくない。指示を受けた幹部は営業マンを恫喝し、暴言を浴びせるなどして圧力をかけた。深夜残業などを行っても達成できないようなノルマを課されていたとの報告もある。その結果、営業の現場では「数字をつくるしかない」というかなり追い詰められた心理が蔓延したものと考えられる。
報告書は、銀行員が“刹那的”に不適切行為などを行ったと指摘している。言い換えれば、営業目標の達成のみが行員の目的と化し、目標達成のために不適切とわかっていても偽装などを行わざるを得ない状況が出来上がっていた。内部監査も不適切融資を把握せず、内部通報制度も利用されなかった。ということは、誰も創業家主導の経営にモノを申すことができなかったということだろう。
企業経営者のコミットメントが企業統治強化に不可欠
以上より、スルガ銀行ではコンプライアンス意識の欠如に加え、コーポレートガバナンスも形骸化していたと考えられる。実際、会長自ら不適切融資の存在を認知していたにもかかわらず、取締役会への報告や監査役会への伝達は行われなかった。第三者委員会はそれを善管注意義務違反と指摘している。
この経営実態は、多くの企業にとって教訓となるだろう。まず、企業経営者は、コンプライアンスの重要性をしっかりと理解しなければならない。その目的は、公序良俗に照らして社会に認められた活動を行い、企業が持続的に収益を得ていくためだ。反対に、コンプライアンスが軽視されると、企業の経営は不安定化する可能性がある。経営者はそうした認識を持つべきだ。
ただ、自らの意思決定を客観的に振り返り必要な是正を行うことは、口で言うほど容易なことではない。そのために、コーポレートガバナンスが大切だ。コーポレートガバナンスの目的は、経営者の行き過ぎた収益追求の心理を諫め、持続可能なかたちで成長を目指すように経営者に求めることだ。社外取締役の登用など経営から独立した人物の存在が重視されているのは、経営者の取り組みを客観的に評価し、必要な改革を求めるためだ。
東芝の不適切会計問題でも明らかになったように、組織は時として不適切な手続きを進めてしまうことがある。言い換えれば、常に、いかなる状況下でも、わたしたちが一人の人間として冷静沈着に、理論的にあるべきと考えられる意思決定を下すとはいえない。特に、組織に属していると周囲の行動様式に同調してしまうことは多い。多くが上司(意思決定権が上位の者)に同調している際、真正面から異を唱えることにもかなりの勇気がいる。
ある意味、人間の弱さがスルガ銀行の不適切融資につながったといえる。それを防ぐためには、まず、経営者が自社にとってのコンプライアンスとは何かを考え、それを基にして企業統治の体制を見直し、必要な改善を行う必要がある。スルガ銀行を教訓に、そうした企業が一つでも増えればよいと思う。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)