一方、豊田社長は今年の初めにトヨタを単なるモノとしての自動車製造業者から、人の移動にフォーカスした「モビリティ・カンパニー」にすると宣言した。そしてこの方向性の実現のために、外部の非製造業者との資本あるいは業務提携に力を入れてきた。
ライドシェアの分野では17年に東南アジア8カ国で配車サービス(ライドシェア)を展開するグラブ(Grab Holdings Inc.)と提携を始めると、18年6月にはグラブに対して10億ドルを出資。その2カ月後には米ウーバーに5億ドルを投入した。
ところがトヨタが勇んで出資したこの2社の筆頭株主はソフトバンクGだったのである。今回の新会社設立発表会の壇上で豊田社長が「ドアを開けると、そこには孫さんがすでに座っていた」と慨嘆とも賛嘆したともいえる状態だったのだ。
今回発表された新会社モネ テクノロジーズの株式持分は、ソフトバンクGが50.25%、トヨタが49.75%とされた。あの大トヨタがわずかとはいえマイノリティ株主となったことも驚きとされたが、ライドシェア分野でのソフトバンクGの先行を考えれば順当なところとも考えられる。
トヨタの真の果実は孫正義への接近
しかし今回の新会社設立、そして2社の協業開始で一番大きな要素は、単にライドシェアという単一ビジネス分野のことではないと私は見ている。
今後大きなビジネスの展開のなかでもっとも大きな因子となりうるのは、単純に豊田章男と孫正義という2大アントレプレナー(企業家)の遭遇であり、相互知見にほかならない。これは、特にトヨタにとって将来これ以上ない大きな布石となった可能性がある。
私がそう指摘するにはいくつかの理由、状況がある。
まず、豊田社長も孫社長も日本で並外れたアントレプレナー同士であることだ。孫社長はもちろんソフトバンクGの創業経営者でオーナーである。文字どおりの最高意思決定者だ。豊田社長はトヨタのオーナー経営者ではないけれど、創業家の3代目社長としてその求心力は近年とみに大きさを増してきている。
2つの大きなビジネス・グループでサラリーマン社長でない、強い意思決定力を有している2人のトップ同士が直接胸襟を開き合う関係となり、実際にビジネスを開始した。これは、将来にわたり両グループの協業の千変万化な可能性を約束したに等しい。
次に、豊田社長がまさに今大苦闘している「社外勢力との協業、提携」に対して、孫社長は大きな助勢を与えることができるからだ。孫社長のことを私は近年「デジタル・インベスティング・モンスター」と尊称している。古くはヤフー(米国)があり、上場前のアリババ(中国)、さらにはアーム(イギリス)と、大胆で先見性のある投資を行ってきた。「10兆円ファンド」と呼ばれるソフトバンク・ビジョン・ファンドを通じての世界での投資活動も枚挙に暇がない。今回、豊田社長が「ドアを開ければ」と孫社長の先回りに舌を巻いたライドシェア各社への先行投資など、デジタル・インベスティング・モンスターにとってはほんの氷山の一角にすぎない。
今回の新会社設立発表会での壇上対談でのやり取りを見聞きしていると、2人の大経営者は相性がよさそうに見える。孫社長が自社の社外取締役として迎えたファーストリテイリングの柳井正会長兼社長や日本電産の永守重信会長兼社長などと同じくらいに豊田社長と胸襟を開き合うことになれば、孫社長は豊田社長にとってはこれ以上ない大きな味方となるだろう。トヨタが望んでやまない社外のデジタル・ビジネス・ソサエティへの強力な紹介状がもらえるからだ。
ビッグ・ビジネスも最後は人間が行う所業である。それには相性や好悪の要素も大きく入る。豊田社長が繰り返している「自動車産業100年に一度の危機」は正しい。このタイミングでの孫社長との遭遇は図らずも「トヨタ100年目の好機」をもたらすのだろうか。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)
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