この幻想が崩れたのが、昨年3月の東日本大震災だ。前述のように他社どころか他工場でも生産が難しいと見られていたが、主力の那珂工場(茨城県ひたちなか市)が被災。部品不足になることを恐れ、背に腹を代えられない自動車各社は、ルネサスに「なんとか代替生産をしてもらえないか」と打診した。窮地に陥ったルネサスは米グローバルファウンドリーズ(GF)に生産を委託。というのも、GFのシンガポール工場は日立製作所と新日鉄がかつて合弁で設立した半導体工場。自動車向けの生産実績もある。顧客の中には不安視する声もあったが、現在も委託を続けており、品質に大きな問題は出ていない。結果として、「ルネサス以外の品質管理でも問題ないのでは」という気運が業界内に一気に広がったわけだ。
本格的に技術流出が始まってしまうのか
こうした背景もあって、ルネサスはこれまで自社で囲い込んできた自動車用マイコンを、TSMCとGFへ委託することを決めたわけだが、アナリストの中からは「早計だったのでは?」との声も上がっている。「同製品の厳しい品質管理などはブラックボックス化されていた。実際、TSMCに車載マイコンのノウハウは皆無。ルネサスが技術供与することで、車載のノウハウを蓄積していくのは間違いない」(装置メーカー幹部)。生産委託だけでなく先端品では開発も協業する予定だけに、技術流出の懸念はいやでも高まる。
金融筋の間では「TSMCがルネサスから技術を搾り取れば、台湾などの設計専業企業がマイコンを開発して、TSMCが製造するという動きも出てくる可能性がある」との指摘すらある。自動車用マイコンは電子機器や自動車制御の肝だけに、国や大株主が判断を見誤れば、取り返しのつかない競争力低下につながる可能性があるのだ。半導体関係者の中には「大げさ」と一笑する向きもあるが、ルネサスの最後の牙城であるマイコンが蝕まれつつあることだけは確かだ。
間隙を突いたマイコンシェア2位の米国企業
実際、短期的には、ルネサスは笑ってはいられない状況にある。ホンダ系列会社の部品大手・ケーヒンは、ルネサスに集中していたエンジン制御マイコンの発注先の分散化を表明。トヨタ自動車など大手も軒並み、「脱ルネサス依存」を加速している。「ルネサスにしかできないというのは、我々がルネサスとしか商談をしてこなかっただけでは」との思いが広まっている。ルネサスの競合でマイコンシェア世界2位の米フリースケールセミコンダクタの幹部は、「日本の、すべての自動車メーカーと交渉している。震災をきっかけに、彼らの態度は急変した」と、うれしさを隠せない様子だ。
さらに、気がかりな話も聞こえてくる。別の外資系半導体メーカー幹部は「ルネサスは4〜5年ほど前に、収益性を度外視してシェア重視で受注していた。自動車向けは開発期間が長いため、供給が始まるのはこれから」とささやく。つまり、ルネサスには採算割れのマイコンの供給が、今後相当積み重なってくるのだ。「『赤字ビジネスはルネサスさんにお任せ』が、ここ数年の業界の合言葉」(前出の幹部)と揶揄する声すらある。
再建策はリストラの原資の確保などで迷走が続く。ただ、万が一、リストラが無事軟着陸したところで、明るい未来が待っているとは言い難いのがルネサスを取り巻く環境といえそうだ。
(文=江田晃一/経済ジャーナリスト)