西川社長の責任を追及する声
だが、事態は経産省が思い描いたようには進んでいない。豊田氏以外の社外取締役は、ルノーOBのドゥザン氏と井原慶子氏だが、井原氏はレーシングドライバーであり、日産という世界的大企業のマネジメントを判断できるのかは疑問だ。つまり、3人の社外取締役による委員会ではあるが、実質はルノーとフランスを背負うドゥザン氏と、経産省の威信を背負う豊田氏という構図である。この3人で多数決や委員長判断でゴーン会長の後任人事を決めるというのは、世界では通用しないので、委員会内で意見調整が進まず「継続協議」となっている。
もともとの経産省の楽観シナリオは、非常事態ということで豊田氏に西川社長を推させて、一気に西川社長を会長に就任させるというものだったと報道されている。しかし、日産とルノー間の取り決めである改定アライアンス基本合意書(RAMA)では、ルノーは日産の最高執行責任者(COO)以上の役職を選ぶ権利があると定めており、ドゥザン氏はこれを理由に西川社長の会長就任に難色を示したとみられている。この日産の契約無視ともいえる行動は、グローバルな観点からは企業の信用を落とすだけではないか。
また、特捜部が12月10日にゴーン氏を直近3年分の有価証券報告書の虚偽記載で再逮捕したことで、西川社長の責任を追及する声が大きくなってきており、経産省のシナリオは、いっそう雲行きが怪しくなってきた。
問題の焦点は、日産のガバナンスになりつつある。火の粉を被りつつある西川社長は、遅ればせながら12月17日にコーポレート・ガバナンス体制と取締役報酬制度の見直しのために、独立した第三者の提言を取り入れる「ガバナンス改善特別委員会」を設置すると発表した。ゴーン前会長の後任人事は、前述のように先送りとなり、西川社長は、後任会長は今年3月末に予定されているガバナンス委員会の提言を踏まえて決める方針だと述べた。西川社長は取締役会終了後の記者会見で、新会長を選ぶ時期について「いつまでに決めてほしいと急かすつもりはない」「3月末までに決まらなくてもいいかなと思っている。十分に時間をとってほしい」とも話している。次期会長選定は一気にトーンダウンし、暗礁に乗り上げた感がある。
このように、後任会長の選定は経産省の思い描いていたようには進んでおらず、それを見越して大株主であるルノーは臨時株主総会の早期開催を日産に突き付けてきている。日産は即座に拒否をしたが、どこまで抵抗できるだろうか。凌いだところで、今年6月には定期株主総会は開かなければならない。
ルノーはそこで大株主として議決権を行使しようとした場合、日産がルノー株を買い増し25%として、ルノーの議決権を消滅させるという賭けに、日産の日本人経営陣と経産省は十分な勝算があると考えているのか。
以上見てきたように、日産が単独で検察に協力を求め、経産省は関与していないと考えるのは、かなり無理があるのではないか。そして経産省と距離が近い首相官邸も関知していたと考えるのが自然だ。そうであるならば、ゴーン氏逮捕はフランス政府にも事前に伝わっていた可能性も否定できない。
次回は、国家を巻き込んだ本件は、どのように着地するのかについて考察してみたい。
(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)