今般、中小企業の廃業が増加し、社会問題にまで発展している。高度経済成長期以降、日本の産業界を下支えしてきた町工場などは時代とともに姿を変えた。ものづくりの核となる町工場は、日本の経済成長には欠かせない存在。そのため、政府も地方自治体も町工場の事業承継には頭を悩ませている。
昔ながらの町工場は数を減らしているが、これまでは町工場が廃業しても、新たに開業する町工場などがあった。結果的に、差し引きすると町工場の数は微増していた。しかし、そもそも少子化で労働人口が減少に向かっている。さらに、地方から都会へという人の流れも加速し、地方の町工場は次々と廃業に追い込まれた。その波は、とうとう都市圏にも及び始めた。
町工場の廃業は、少子化やそれに伴う後継者難だけが原因ではない。銀行の経営難により、中小企業への貸し渋りが加速していることも大きな要因とされる。また、起業したくても銀行がベンチャーに融資することを控える傾向があり、それが中小企業の新規開業を阻む。ゆえに、中小企業は自然に数が減ってしまう。
中小企業が潰れることで、もっとも大きな影響が出るのは市町村や東京23区といった基礎自治体だ。企業が払う法人税は国税、法人事業税は都道府県税になる。中小企業廃業によるダメージは相当大きいと、ある東京23区の地域振興課職員は言う。
「もちろん大企業の影響は大きいのですが、大企業に比べると、中小企業は地域に密着して企業活動をしています。雇用面や地域活性化の面で市区町村への影響はダイレクトです」
大企業の場合、工場や営業所が大規模になる。道路や上下水道などのインフラ整備も同時に進めなければならない。市町村にとって、大企業の誘致は雇用面でメリットが大きいもののリスクも伴う。一方、中小企業は地場に根づいて操業している。よほどのことがなければ、ほかの市町村に移転しない。そうしたことから、市町村には中小企業との付き合いが欠かせない。
ソニーとNECの存在
起業数が減り、市区町村は焦り出し、危機感から中小企業振興、細かくいえばベンチャー支援に乗り出す自治体も出てきている。
品川区の五反田駅周辺は、5~6年前からITベンチャーが集積する地として、業界では話題になっていた。五反田駅界隈といえば、何よりも風俗街のイメージが強い。いまだ、そうした色眼鏡で見られることもあるが、それも一昔前の話になった。今では、すっかりIT先進地になっているのだ。
五反田にITベンチャーが集積するようになったのは、五反田駅の東側にソニーがあったことが大きい。ソニーの子会社・下請け企業が五反田駅周辺に固まり、それが次々とベンチャーを呼び込むことにつながった。ほかにも、五反田駅界隈にITベンチャーが集まってくる理由がある。品川区の職員は言う。
「もともとITベンチャーは、渋谷に多く集積していました。しかし、渋谷はオフィスの賃料が高く、新興ベンチャーには手が出せない地です。しかも、渋谷のオフィスはやたら広くてITベンチャーにはオーバースペック。一方、五反田駅界隈は再開発が進んでおらず雑居ビルが多く残っていました。それが幸いにも、少人数のITベンチャーに向いていたのです。そうした評判が業界で流れ、ITベンチャーが集まるようになったのです」
五反田駅は渋谷駅や品川駅からも近く、どこに行くにもアクセス至便な点もITベンチャーに人気の理由だ。
ITベンチャーが集まりだしてから、品川区も創業支援に力を入れるようになり、ベンチャー企業間の情報交換の場を設けたり、スタッフの採用支援を助けたり、最近では銀行の融資を受けるサポートにも取り組んでいる。昨年には五反田にオフィスを構えるベンチャー数社によって五反田バレーと呼ばれる団体も発足した。
ITベンチャーで盛り上がりを見せる五反田駅界隈だが、IT業界では新たに港区の田町駅界隈に熱視線が注がれるようになっている。業界関係者は言う。
「田町駅には、NECが本社を構えています。そのため、一帯はNEC城下町といわれるほど、子会社や関連会社、取引のある企業が集積しています。五反田のソニー村と同様に、田町はNEC村です。そうした環境が、ITベンチャーを呼び込む素地になっています」
田町駅は東京駅や品川駅に近く、羽田空港も利用しやすい。これまで田町駅は港区という超がつくほどの一等地だったが、都心とは思えないほど街は倉庫街といった趣を漂わせていた。しかし、田町駅を拠点にして、日本各地と取引する、そんなベンチャーが田町に集まり始めている。いまだITベンチャー集積地としては五反田が根強い人気を誇っているが、田町が猛追している。ITベンチャー争奪戦は、東京五輪が終幕する2020年秋ごろから本格化するとみられている。
これまで風俗街のイメージが強かった五反田、そして山手線の駅なのに地味な存在だった田町に注目が集まる。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)