参議院選挙の与野党の政策で、真っ向から対立している一つが「消費税」です。立憲民主党、共産党、れいわ新選組、社会民主党の野党4党は6月10日、消費税減税法案(消費税の減税その他の税制の見直しに関する法律案)を共同で提出しています(法案は審議未了)。その法案には、時限的な消費税減税と共にインボイス制度(適格請求書等保存方式)の廃止が盛り込まれていました。どうして野党4党が廃止を要求しているかというと、低所得の個人事業主への影響が大きいからです。
インボイスと聞いても一般の人にはなじみが薄いですが、フリーランスのような個人事業主の多くの人には「減税の恩恵がなくなること」と「今まで通りの仕事ができない恐れがある」ので、かなり切実な問題です。
当事者は危機感がない
インボイス制度は、正規社員やパート社員、アルバイト社員のように雇用契約(非正規雇用も含む)を結んで給料(賃金)を得ている人は対象外です。給与・賃金には消費税が含まれていないので、収入が給与であれば関係ありません。
現在、事業者は課税事業者(消費税を国に収めている事業者)と免税事業者(消費税を納めなくてもよい事業者)に分かれています。年間課税売上高(課税の対象となる売上)が1,000万円を超す会社や個人は、自動的に課税事業者になるので消費税を納める義務があります。一方、1,000万円以下の場合は免税事業者なので消費税を国に納める必要はありません。
インボイス制度の目的は「1,000万円以下の事業主にも、できれば課税事業者になってもらう」ということです。対象は、フリーランスのように雇用契約を結ばず仕事をしている、収入(売上)が1,000万円以下の事業主です。そういう人たちが「免税事業者であり続けるのか、それとも課税事業者(消費税を納める事業者)に変更するのか」という判断を迫られる制度なのです。
2023年10月からスタートしますが、あまり話題になっていないことや、取引先(仕事の発注先)から「どちらになるのか」という問い合わせを受けていない個人事業主がほとんどなので、当事者の人たちに危機感がないのが現状です。
益税ではなく弱者救済策
私たちが商品を買う場合、小売店などの事業者(売り手)には商品代金と共に消費税も支払っています。フリーランスのような個人事業主(売り手)に仕事を発注する事業者(買い手)も、報酬と共に消費税も支払っています(ただし、買い手が免税事業者等の場合は異なります)。
例えば、10,000円の商品を納入した(あるいは仕事をした)時、納入先からは10,000円+1,000円(消費税10%の場合)=11,000円が報酬として支払われます(源泉徴収税が引かれることもあります)。ところが、免税事業者は、この1,000円を国に納めることなく利益とすることができます。国に納める消費税を納めなくても構わない(合法なので違反ではありません)ので、この収入を「益税」と呼ぶこともありますが、小規模事業者に対する減税扱いになっているので、法律上は免税事業者といいます。
「小規模事業者は苦しいでしょうから、特別に減税措置をします」という趣旨です。例えば、年間収入が500万円の事業者は、その10%である50万円前後の消費税も収入になっています。本来、国に納めるべき消費税である50万円分を免税措置で納めなくてよかったのですが、今後は「原則それを納めてください(課税事業者に登録してください)」ということになるのです。
課税事業者になるか免税事業者になるかは選択できるが……
インボイス制度では、今まで通り今後も免税事業者のままでいるのか、預かり消費税を国に納める課税事業者になる(登録する)のかを、原則23年5月までに選択しなければなりません(経過措置期間等があるので、詳細は国税庁のホームページを参照してください)。今まで通り免税事業者として預かり消費税を国に納めなくても構わないのですが、免税事業者になると不利になることが予想されています。
例えば、課税事業者であるA社が10,000円の商品(非食品)を消費者に販売した場合、消費者から10,000円の代金と1,000円の消費税を受け取ります。この商品の仕入額が8,000円の場合、A社(買い手側・発注する側)は仕入業者(売り手側・フリーランスのような仕事を請け負う個人事業主)には代金の8,000円と消費税の800円を支払います。現在は、A社は受け取った消費税1,000円のうち、仕入業者に支払った800円との差額の200円を国に納めています。
ところが、インボイス制度がスタートすると、仕入業者が課税事業者の場合は、買い手側(仕事を発注する側)が仕入業者に支払った800円の消費税を国に納めてくれるので、今まで通り、200円の消費税を国に納めればよいのですが、仕入業者が免税事業者の場合は、買い手側(仕事を発注する側)が、免税事業者が支払うべき消費税800円を立て替えて国に納めなければなりません。買い手側は、仕入業者(売り手側)に免税事業者が多いと、立て替えて支払う消費税が非常に多額になるので、できるだけ課税事業者と取引をしたいはずです。そうなると、免税事業者には仕事を依頼しなくなる可能性があります。
もう一つの懸念は、仕入業者が免税事業者の場合、買い手側が今までは税抜10,000円だった仕入商品を、税込10,000円、あるいは10,000円以下と、実質値下げを要求する可能性があることです。商品(仕事)を発注する側は、どちらの場合も、あからさまに行うと「優越的地位の濫用」となり独占禁止法違反に問われることになるので、「他の事業者に変更した」とか「物価高騰で不景気なので値下げしてくれないかといった要求をする」ことになるかもしれません。
もちろん、免税事業者の消費税を立て替えてでも、従来通りの金額で取引をしたいということもあるでしょうが、「今まで通り免税事業者でも心配ない」と強気でいられる売り手側は少ないでしょう(ただし、買い手側・発注先が、免税事業者とか簡易課税制度を選択している場合、今後どうするかを確認してください)。
領収書を発行する飲食店や個人タクシー、文具店も要注意
課税事業者になるか免税事業者になるのかの踏み絵を突き付けられる個人事業主は、フリーランス、演劇・映画・音楽・出版関係等、ライター、脚本家、構成作家、カメラマン、エンジニア、プログラマー、コンサルタント、カウンセラー、デザイナー、Webデザイナー、建設業関係の一人親方、スポーツ選手、学習塾、料理・ヨガ・音楽・英語教室等、生命保険・損害保険・モバイル関連の代理店等、多種多様な分野に及びます。
その他、注意しなければならない業種として、顧客である会社に対し、経費の証明として領収書を発行する飲食店や個人タクシー、文具店、雑貨店などがあります。会社の経費で処理する場合も、インボイス制度が大きく関係してきます。
課税事業者である企業の社員が経費を使った場合、会計処理上必ず領収書が必要になりますが、購入先の事業者が課税事業者なのか免税事業者なのかを明確にしなければなりません。インボイス制度がスタートすると、領収書発行者が課税事業者か免税事業者なのかで、会計処理が変わってきます。例えば、飲食店が免税事業者の場合、領収書を受け取った企業は、飲食店が支払う消費税分を立て替えて国に納めなければなりません。
そうなると、課税事業者である企業は、経費を使用する事業者が免税事業者であるよりは課税事業者のほうが負担は少なくなります。つまり「課税事業者の店で使った経費しか認めない」ということになりかねません。課税事業者かどうかは、領収書や請求書に登録番号が記載されているかどうかで判断できます。登録番号の記載がなければ免税事業者になります。
インボイス制度で打撃を受けるのは、フリーランスだけではありません。商品を販売する、サービスを提供する、技術・才能を提供するなど、何らかの形で収入を得ている人・中小企業すべてに影響するのです。
最悪の時期に弱者に増税
インボイス制度がスタートすると、多くの免税事業者が来年10月以降は課税事業者になると思われています。免税事業者の数について、麻生太郎財務大臣(当時)は19年の国会で「推計488万社で、サービス業関係が35%、農林水産業関係が18%、建設業関係が13%、小売業関係が10%と試算している」と答えています。
財務省は、以前から「インボイス制度がスタートすると年間2480億円の増収になる」と予測をしていますが、ほとんどの免税事業者が課税事業者に移行するので、実際は3000億円以上の増収になるかもしれません。逆に、個人事業主の収入は全体で3,000億円も減少するのです。
個人事業主にとっては、不景気で収入減、物価高騰・円安に加え、インボイス制度によるさらなる収入減と、まさに三重苦に見舞われようとしています。そんな時期の参議院選挙です。インボイス制度の是非も有権者の投票の判断材料の一つになるでしょう。
(文=垣田達哉/消費者問題研究所代表)