茨城・明秀日立、甲子園連続出場の監督解任騒動の真相…進学校に大転身の裏で何が?
「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
年の瀬が近づいてきた。年明けからは本格的な受験シーズンも始まる。受験生を持つ家庭以外、多くの社会人は年齢を重ねるほど「高校受験」や「大学受験」の記憶が薄れていくが、前者は1月上旬から3月上旬、後者は1月下旬から2月下旬にかけてピークを迎える。冬は就職する人も含めて「今後の進路」が話題になる季節だ。
そこで今回、1つの事例に焦点を当てながら「高校の魅力」を考えてみた。
茨城県日立市に明秀学園日立高等学校(以下、明秀日立)という学校がある。同県北部では2校しかない私立高校(他の1校は茨城キリスト教学園高等学校)だ。学業とスポーツに力を入れており、2022年には硬式野球部が春夏連続で甲子園に出場した。
ところが10月下旬、明秀日立について「甲子園出場校で野球部監督の契約巡り混乱、理事長が辞任」というニュースが報道された。実は筆者は、同校の取り組みに興味を持ち、2018年に多くの関係者に取材して記事にした経験がある。
今回の騒動には何があったのか。あらためて関係者を取材し、多角度から考察してみた。
騒動は一段落、「過去最高の進学実績」に沸く
茨城県関係者以外は、明秀日立を詳しく知らないと思う。まず簡単な横顔を紹介したい。
同校の立地は、県北一の進学校「県立日立第一高校」の奥にある。1925年に助川裁縫女学校として開校。戦後は日立女子→明秀日立(男女共学)と校名を変えた。かつては進学実績も振るわず、「一高生は胸を張って通学し、日立女子はうつむいて通学する」と言われた。
それが今では「国公立大学に40~70人」(年によって実績は異なる)、私立大上位校にも同程度進学する高校に変身した。生徒も明るく、うつむいて通学した時代は過去となった。
「今年は現時点で、防衛大学校一次合格者が27名(過去最高、従来は15名)となりました。防衛医科大学校看護学部にも2名合格し、幸先よいスタートです」
前述の騒動を受けて新理事長に就任した小野勝久氏は、こう説明する。実は小野理事長は再任で、2006~2022年半ばまで同理事長職を務めた人物。この間に同校の進学実績、スポーツ実績を高めて勇退したが、再び、混乱した学校の「火中の栗を拾う」役割となった。
「野球部監督の契約問題では大変お騒がせしました。後で詳しく説明しますが、監督には引き続き任務を継続していただき、学内外は平穏に戻っています」と、穏やかに話す。
同騒動に触れる前に、明秀日立の特徴も聞いてみた。
「文武両道をめざし、生徒個人に寄り添うがモットーです。当校には『全日制』と『通信制』があります。通信制生徒のなかには、他校の全日制を退学した人もいれば、さまざまな事情で高校進学を果たせなかった人もいます。『1人ひとりに寄り添い、自分のよさや可能性に気づいてもらう』のも教育方針で、通信制から大学に進学する生徒も増えています」(同)
なぜ甲子園名将を「解任」しようとしたのか
さて、10月に報道された「野球部監督契約騒動」の詳細を紹介したい。
現在、明秀日立高校の硬式野球部監督を務めるのは金沢成奉氏だ。同氏は、青森県の光星学院高校(現八戸学院光星高校)時代には坂本勇人選手(読売ジャイアンツ)などを指導し、甲子園に春夏通算8回出場。総監督として2011年夏、12年春、同年夏と「甲子園3季連続準優勝」を果たす。明秀日立に招聘されると2018年春に甲子園初出場(茨城県北では1985年以来)、前述のように2022年春夏連続出場も達成した。
なぜ、そんな名将が「解任」(契約更新せず)されそうになったのか。関係者の話を総合すると、前理事長(大野健二氏=元日立製作所執行役常務)周辺のコミュニケーション不足だったようだ。
「6月22日、夏の甲子園予選の抽選会当日に当時の理事長に呼ばれて出向くと、『野球奨学生は2023年度に半減し、24年度以降は募集しない』ことを突然通告され、『あなたとの契約は2024年8月で満了、それ以降は野球部に関わらない』ことも求められました」
金沢氏はこう振り返る。実は、6月に理事長に就任したばかりの大野氏と金沢氏は、この日が初対面。意図的か偶然か、予選の抽選会当日に通告されるタイミングも悪かった。
10月になって、「金沢監督の契約が継続されない」ことを知った生徒の保護者が署名集めを開始し、同21日の理事会前に計3266人分の署名を同校に提出。同日に開催された理事会の冒頭で大野氏は「混乱を招いた責任を痛感している」と辞任を申し出て、了承された。
「重大な話をいきなり通告」は時代遅れ
本稿では同騒動を興味本位ではなく、「リスクマネジメント」の視点で続けたい。
ビジネスの現場では「重い話をいきなり通告するな」という不文律がある。たとえば、部下を抱える営業責任者なら、「主要取引先と大騒動になり、相手から取引中止を言われた」と、突然部下から報告を受ける例だ。多くの場合、そこに至るまで予兆がある。
その視点で考えれば、当時の理事長(上司)が就任当月に、実績(同校で甲子園3回出場)を持つ監督(部下)に、初対面で「雇用を含む改悪条件をいきなり通告」したことになる。同事案は理事会にも諮っていなかった(手続き不全)という。問題の多いやり方だった。
多くの保護者が金沢氏を支援したのも興味深い。同氏が20代から勤務した前任校では、やんちゃな野球部員と熱血指導で向き合い、「光星学院ではなく更生学院」とも言われた。
現在はどうか。「野球能力の高い部員だけでなく、そうでない部員の進学や就職にも骨を折り、時には人脈も駆使して、生徒の進路の面倒を見ています」と、同校の関係者は話す。
一方で、今回の騒動を「犯人捜し」で終えても組織として進化がない。未来志向の視点で「全員に100%責任がある」として捉え、それぞれの反省の弁もうかがった。
「以前は社会科の授業を受け持っていましたが、近年は授業を担当しませんでした。野球部中心だったのを猛省し、今後は一般生徒とも向き合い、人材育成に努めます」(金沢氏)
「今年6月に理事長から理事になった後は、後任幹部に委ねる姿勢をとっていました。風通しの悪さを招いた責任も痛感し、対話がしやすい組織に変えていきます」(小野氏)
理事長も監督も就任時の公約は「道半ば」
小野氏が日立市の教育委員長から、明秀日立の理事長に最初に就任したのが2006年。同年10月11日には県紙・茨城新聞広告記事に当時の校長と一緒に登場し、「県北一の進学校をめざす」と高らかに宣言した。その目標は未達成だが、毎年「国公立大学に40~70人が進学する高校」には変身した。
スポーツに力を入れるのも、「競技で心身の鍛錬や感性の醸成をめざす」のが同校の方針だからだ。金沢氏が着任したのは東日本大震災の翌2012年。日立市も被害を受けて元気がなかった。
「県北から甲子園をめざしましたが、選手の能力や設備など、強豪校とは差があるところからのスタート。当時はレギュラーと補欠を明確に分ける勝利至上主義でしたが、現在は『補欠をつくらない、最後までレギュラー争いをさせる』が方針で、それで強くなりました」
「『自律』の後の『自立』」と「野球人である前に人格者たれ」も掲げている。
「前理事長からの突然の通告で、アタマに血が上り、『辞めてやる!』と思った瞬間もありました。でも、それでは『明秀日立で野球をやりたい』と集まった生徒の思いを踏みにじることになります。“生徒ファースト”の視点で冷静になろうとしたのです」
今年、同氏は著書も出版した。そのタイトルは『野球で人生は変えられる』(日本文芸社)だ。県大会で優勝した時は、30人以上のOB(教え子)が出迎えたという。夏の甲子園では3回戦で優勝した仙台育英高校に4-5で惜敗した。その先に見える景色も人材育成も道半ばだ。
人口減が加速する地域の「私立高生き残り策」
学校がある日立市の人口は、16万9036人(2022年10月1日の常住人口。同市発表)と17万人を割った。ピーク時の20万6260人(1983年)から2割近くも減っている。
もともと日立製作所の企業城下町として知られるが、同社の本社は東京都千代田区にあり、「昔に比べて日製(にっせい)の勢いはない」と、地元民は一様に話す。
活気がなくなった県北地域の「明るい話題」として、地元校の甲子園出場は大きい。今年の夏に野球部が行ったクラウドファンディングでは「目標額1000万円に対して1200万円以上が集まり、他の甲子園常連校を上回った」。それほど地域に期待されているのだ。
少子高齢化の中で生き残りをめざすのは、どの業界でも同じだが、私立高校の場合は「特色づくり」が欠かせない。現在の明秀日立の特色を整理すると「全日制と通信制を併設」「一定の進学校」「野球、サッカーなど多くのスポーツが強い」といったところか。
なお、県外からのスポーツ留学生に厳しい目も注がれるが、さまざまな地域で取材を行うと、多様性の大切さも感じる。留学生だけのチーム編成は論外だが、「突出した部員がいると、その部員に追いつこうと地元出身者も頑張り、実力の底上げにつながる」からだ。
「奨学生制度の見直し」は再生への一歩
最後に10月の騒動を、少し引いた視点で整理したい。
筆者は危機管理コンサルタントも何度か取材したが、問題発生時は「(1)感知、(2)解析、(3)解毒、(4)再生の順に行うのが大切」だと話していた。
(1)は予兆や危機の大小、(2)は罪やどんな状況か、被害者は誰か。(3)は謝罪や処分、賠償で、(4)は関係者の士気向上や真摯な対応を行う――ことで信頼回復に努められるという。現在の同校は(4)「再生」段階だ。
「現在、スポーツに限らない学業・芸術などの『奨学生制度』を見直しています。これまで数値化していなかった一般生徒と奨学生との比較なども行い、制度の透明化を進めます」(小野氏)
明秀日立では、どんなに競技能力が優れていても「ユニフォームではなく、制服が似合う生徒になってほしい」も掲げる。「再生」で信頼回復となるか、状況を見続けたい。
(文=高井 尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)