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『news23』BPO審議入り…取材協力者が身バレで勤務先クビ、杜撰な制作過程

文=Business Journal編集部、協力=水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授
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TBS放送センター(「Wikipedia」より)
TBS放送センター(「Wikipedia」より)

 今年1月にTBSの報道番組『news23』で放送したJA共済に関する特集企画について、BPO(放送倫理・番組向上機構)は放送倫理上の問題がなかったか審議に入ることを決めた。1月12日放送の『news23』では、農林水産省が是正を求めているJA共済のいわゆる「自爆営業」の実態について現職の職員へのインタビューを中心に報じた。映像や音声を加工して放送したが、8月4日に開かれたBPOの放送倫理検証委員会は「取材対象者の身元が分かってしまい、取材源の秘匿の原則が損なわれている」などとして審議に入ることを決めた。同委員会は「事実関係を確認したい」としている。

 これは「取材限の秘匿」をどうやって守るのかというテレビ報道の原則に関係する出来事だが、なぜ身元がわかってしまったのか。問題が起きた背景には何があるのか。テレビ報道の実態に詳しい上智大学文学部新聞学科教授でジャーナリストの水島宏明氏に聞いた。

――映像や音声を加工したにもかかわらず「身バレ」してしまったのはなぜか。

水島氏 内部告発の重要な証言を放送する時に、本人だとわからないかたちで音声や映像を加工して放送することは、テレビではかなり以前から行われてきたことです。今回も元の映像を確認すると、『news 23』では証言したJAの職員については顔にボカシを入れて隠していますし、本人の声も音声にイコライザーをかけてわからないようにしています。

――それなのに、証言したJA職員の身元がバレてしまったのはなぜか。

水島氏 番組を編集する際に、証言者の顔は隠しているのですが、本人が着ている服や靴などは映像を加工していません。また、本人の体型も隠しておらず、手元もそのまま加工しないで放送しています。よく見ると、人間の「手」はそれぞれで違います。手のアップの映像で年齢や体型などもだいたいわかります。「手」の映像をそのまま使っていたので、もし職場がこの人物だろうと目星をつけて、実際に本人の手元の写真と比較すれば、個々人を特定することは難しくはありません。

取材側と内部告発者の信頼関係

――『news23』はどのように放送すればよかったのか。

水島氏 洋服や靴、手など本人の特定につながりそうなものは、すべてにボカシやモザイクを入れるなど、慎重に映像を加工すべきだったと思います。もし体型がやや小太りなど、特定につながりそうであれば、画面全体を隠すなどの加工が必要だったと思います。

――こういうふうに映像を加工する、などと事前に本人に確認したほうがよかったのか。

水島氏 もちろん、どこまでなら本人だと身バレしないのかどうかは、当の本人が一番わかっているものだと考えるべきです。そのため、こういうかたちで映像加工したなどということは、取材した側が内部告発者との間で丁寧にやりとりをするのが取材のマナーだといえます。ただ、逐一、編集前の映像を見せてしまうと一種の事前検閲にもなりかねないので、そこまではせず、事実上は信頼関係でやりとりするケースがほとんどです。

 取材相手を守るということは報道機関が何よりも大事にすべきことの一つなので、今回の場合は、たとえ相手側が「この程度でいい」と言ったとしても、より慎重にすべき事案だったといえます。

「第三者の目」でチェックする仕組み

――調査報道では、こうした内部告発者の証言をできるだけリアルなかたちで放送したこという取材者側の思いと、その際にボカシやモザイクなどをかけて身元がわからないようにしなければならないという取材源秘匿の目的は対立します。2つの相反する目的の調整が難しいように思います。実際の報道現場ではどうしているのでしょうか。

水島氏 確かに取材をする記者やディレクターの立場からすれば、せっかく自分が取材したのだからと、映像をできるだけそのままリアルなかたちで伝えたいという思いを持ってしまう面があります。それを突きつめれば、ボカシやモザイクなどをなるべく使わないで放送するということにつながってしまいます。取材に証言してくれた人の身元がわからないようにすることは大事なルールです。実際の報道現場では、個々の記者やディレクターらの判断に委ねられてしまっています。個人の判断に任せているので、ときどきこうした問題が起きてしまいます。編集のデスクなど、別の立場の人間が「第三者の目」でチェックする仕組みがあれば問題は起きなかったと思います。

――これまで同じようにモザイク処理に関連してBPOで問題になったケースはあったのか。

水島氏 2012年に大津市の中学生がいじめを受けて自殺したとされる事件の民事裁判について伝えたフジテレビの『スーパーニュース』で、加害者側の少年の実名がモザイク処理などをせずに短く放送されました。放送時のキャプチャ画像がネット上に流出して、BPOが「放送倫理上の問題あり」と見解を公表したケースがあります。12年の段階では、現在ほどテレビ側も「放送した映像がすぐにネットに上がる」というリスクをそれほど重視していないなかで起きた出来事でした。それから10年以上経って、ますます放送した番組での個人のプライバシーがネット上に流出するおそれが大きくなっています。

――今はテレビの映像がすぐにネットに上がって、いろいろな人がチェックすることができる時代です。そうした時代になったことで、こうした「取材源の秘匿」を考える必要性が出てきたといえるのではないでしょうか。

水島氏 その通りだと思います。かつてはテレビの番組は放送して流れてしまえば、録画する人がいなければそれっきりでした。でも現在は大きく違います。現在、テレビのニュース映像は基本的にすぐにネット上に公開されます。多くのテレビニュースの映像はYouTubeなどで視聴可能になっています。この傾向はこの2、3年で急速に進んでいます。今回、問題になった『news 23』も「TBS NEWS DIG」というサイトで動画を何度も確認することができる状態でした。そうなってくると、個人について探ろうとする人は繰り返し視聴して、本人の手元や衣服、靴、体型などあらゆるものから本人を特定しようとします。

 内部告発者を守るためにも、そうした特定の試みができないように最大限の配慮をしなければいけない時代に入っています。報道する側もいろいろと注意すべきことが多くなって大変な時代です。BPOではそうした時代の変化も見据えた議論をしてほしいと思います。

(文=Business Journal編集部、協力=水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授)

水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授

水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授

1957年生まれ。東大卒。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー「母さんが死んだ」や准看護婦制度の問題点を問う「天使の矛盾」を制作。ロンドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレクターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。「ネットカフェ難民」の名づけ親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。2016年から上智大学文学部新聞学科教授(報道論)。著書に『内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造』(朝日新書)、『想像力欠如社会』(弘文堂)、『メディアは「貧困」をどう伝えたか:現場からの証言:年越し派遣村からコロナ貧困まで』(同時代社)など多数。
上智大学 水島宏明教授プロフィールページ

Twitter:@hiroakimizushim

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