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牧野知弘「ニッポンの不動産の難点」

建設費の高騰で資金を回収できなくなったディベロッパーが頼る最後の手段

文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役
建設費の高騰で資金を回収できなくなったディベロッパーが頼る最後の手段の画像1
「gettyimages」より

 東京の街を歩き回ると建設用のクレーンがそこかしこに林立している。都心部は超高層オフィスやホテル、商業施設の工事が進行している。鉄道主要駅の駅前を中心に市街地再開発事業によるタワマン建設の槌音も響く。いっぽうで建設現場での事故や施工不良も相次ぐ。先日は東京駅八重洲口前の超高層ビルの建設現場で鉄骨が落下。作業員の方が亡くなるという惨事があった。札幌市のオフィス、ホテルなどで構成される複合ビルの建設では鉄骨の精度不良から建設途上でのやりなおしが発生、東京都港区の超高層オフィスビルではコンクリート床にずれが生じてOAフロアの施工ができず、工期が遅延するなど今まででは考えられないような事故やミスも目立つようになっている。

 事故や施工不良はともかく、昨今の建設需要の盛り上がりで活況を呈しているかのように見える不動産・建設業界だが、最近彼らの顔が曇りがちだ。原因は上がり続ける建築費だ。国土交通省発表の建設工事費デフレーターによれば、2015年度基準(指数=100)で、23年6月現在の指数は、建築総合分野で124.2を示している。コロナ禍が始まる20年2月段階では108.2であったからコロナ以降に大幅に上昇したことがわかる。

 理由は5つある。まず建物を建設する際の建築資材の高騰だ。オフィス建設などに必要な鉄骨、住宅用の木材などは世界的な建設需要の高まりもあってひっ迫している。最近の大規模建物に使われる外装・内装材の多くが海外品だ。外壁に使う花崗(かこう)石、アルミカーテンウォール、内装の大理石、造作家具などに至るまで多くが日本は海外からの輸入に頼っている。コロナ禍以降世界的な金融緩和と、東アジア、東南アジアの経済発展で建築資材がひっ迫している。世界的なインフレ傾向は輸入材に頼る国内の建築費の値上がりに直結している。

 2つめがウクライナなどでの国際紛争に伴うエネルギーコストの高騰だ。原油価格の高騰は輸送コストや電気代の上昇を招く。エネルギーは建築資材の製造や物流などすべての面でコストアップの要因となる。

 3つめが世界的な半導体不足だ。建設の世界でもエアコンや照明装置、給湯器や床暖房といった設備に半導体は多く使われている。建物ができあがっても設備が入らないことには稼働ができない。設備系のコストアップも全体の建築費の上昇に寄与している。4つめとして昨今の円安が、これら輸入資材の調達コストをさらに引き上げることに貢献している。先進国の中で日本だけが低金利状態を続けているが、内外金利差は為替安を招く結果、輸入資材価格は為替分がさらに上乗せされることになる。

 そして5つめは日本固有の要因だ。人件費の高騰である。建設業に従事する人の数は1997年の685万人をピークに下がり続け、2022年には479万人。25年間で実に30%も減少している。特に鉄筋工や型枠工といった専門技術を必要とする職種はベテラン作業員の高齢化による退職が相次いでおり、人数のみならず年齢構成や職能によるバランスが保てなくなっている。人手不足は将来的にじわじわと人件費の高騰を招くことは明らかだ。

 これらに加えて2024年度からは建設業においても時間外労働の規制や週休2日制の導入など働き方改革が実施される。工期の延長やただでさえ少ない人手のやりくりを負わされる建設業にとっては茨(いばら)の道が続くのである。

ディベロッパー側の採算が合わなくなっている

 建築費の高騰はいろいろなところに波及する。マンションを建設して分譲販売する業者にとっては、商品原価の高騰は、販売価格に転嫁しなければならない。首都圏における新築マンション平均価格は2022年で6288万円。15年前の2007年4644万円に比べ35.4%の上昇。1平方メートル当たりの単価でいえば54.9%もの大幅な値上がりになっている。もはや一般庶民では到底手が届かない代物になってしまったのが新築マンションだ。

 影響はマンションばかりではない。都内で建設されるオフィスビルも高い賃料が見込める都心部の大規模ビルであれば、予想する賃料収入で建設費を賄うことができる。だが新橋や神田などに多数ある中小ビルは、築年が経過して建て替えようにも現状の建築費では、土地代を加味しなくても、予想する賃料水準では到底投資資金を回収できない水準になってきている。最近はコロナ禍以降のテレワークの定着や大規模オフィスの大量供給により、空室率が高止まりし、さらには賃料水準も3年間にわたって下落し続けているため、今後は大規模オフィス建設にも影響が出てきそうだ。

 賃貸マンション建設においても、現状の建築費ではテナントの賃料を1坪あたり1万5000円から1万7000円に設定しないと、投資資金の回収が20年以上かかってしまう。この坪単価でいえば、8坪(約26平方メートル)程度のワンルームで12万円から14万円になる。大企業などに勤める高収入のテナントでなければ借りられる水準ではない。

 こうした流れは鉄道ターミナル駅前や地方主要都市で数多く行われている再開発事業にも影響が及んでいる。昨今、名古屋市栄地区にある名古屋三越栄店の入るビルの建て替え計画の凍結が発表された。理由は建築費の高騰とオフィスマーケットの先行き不安によるものとされる。また2030年代の北海道新幹線の札幌延伸を見込んで計画されていたJR札幌駅南口の再開発ビルについて、事業主であるJR北海道が資材高騰と人件費上昇を原因とした数百億円の事業費増を理由に、工期の延長や事業規模の縮小に入った。同じ札幌駅前の札幌西武跡地の再開発計画では地上35階を31階に縮小、ホテル部分の誘致を断念するに至っている。

 市街地再開発事業は、道路や公園、公共施設などの整備を目的に容積率の割り増しを認め、地域の高度利用を促進するための事業で自治体などの補助金が投入される開発モデルだ。最近では、容積割り増し部分の床(マンションやオフィス)を買い取る業者が現れず、自治体自らが補助金に加えて床を買い取る事例も水戸市や神戸市、岡山市、和歌山市などで起こっている。建築費の高騰で保留床と呼ばれる割り増し部分の床の価格が高騰し、ディベロッパー側の採算が合わなくなっているのである。

金持ちだけを相手に商売

 さて、こうした事態になると、今後は新築計画の延期や凍結、断念が続くことが予想される。通常であれば、建築費が下がるのを待つということになるのだが、建築費が下がる要素は今のところ見当たらない。なぜなら海外資材中心の原材料価格も国内労働力の劣化による人件費の高騰も、今後強まることがあっても弱まる可能性は期待できないからだ。

 それでも何とか商売をしていくためには方策がある。富裕層だけを相手にした不動産事業だ。ホテル建築にしても外資系5スタークラスのホテルであれば宿泊料は1室1泊10万円以上はとれる。顧客から得る宿泊料や多額の飲食料で投資資金の回収可能性は高まる。つまり一定の投資利回りが確保できるのだ。マンションも1戸2~3億円といった超高級マンションは、国内外の富裕層には大人気でよく売れている。オフィスも、都心超一等地にオフィスを構えるステータスに対して多額の賃料を払うテナントはいる。賃貸マンションも普及帯で苦戦するも、月額20万円以上もする好立地の高級賃貸マンションの稼働は高い。

 つまり一般庶民をアテにするのではなく、金持ちだけを相手に商売をすればよいのだ。世界的なインフレ傾向が続くかぎり、衰退が始まった日本でも、一部の金持ち層だけが、何とか世界の潮流に乗り遅れまいとついていくことだろう。これから日本社会の二極化が急速に進むだろう。その世界が建築費の下がらない現場からもクリアに見通せるのである。

(文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役)

牧野知弘/オラガ総研代表取締役

牧野知弘/オラガ総研代表取締役

オラガ総研代表取締役。金融・経営コンサルティング、不動産運用から証券化まで、幅広いキャリアを持つ。 また、三井ガーデンホテルにおいてホテルの企画・運営にも関わり、経営改善、リノベーション事業、コスト削減等を実践。ホテル事業を不動産運用の一環と位置付け、「不動産の中で最も運用の難しい事業のひとつ」であるホテル事業を、その根本から見直し、複眼的視点でクライアントの悩みに応える。
オラガ総研株式会社

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