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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

日本向け半導体を生産しない?TSMCとラピダス工場に国が巨額補助金の愚策

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
日本向け半導体を生産しない?TSMCとラピダス工場に国が巨額補助金の愚策の画像1
TSMCの公式サイトより

熊本は100年に1度、北海道は1000年に1度のビッグチャンス

 ここのところ、連日のように台湾積体電路製造(TSMC)の熊本工場とラピダスの北海道・千歳工場のニュースが新聞、雑誌、ネットニュースなどを賑わせている。2027年に2nmの先端ロジック半導体を量産すると発表したラピダスは、2023年9月1日に起工式を行った。その際、ラピダスの小池淳義社長は、「1000年に1度のビッグチャンスだ」と述べたという(2023年9月1日付日本経済新聞)。さらに北海道経済連合会(道経連)などが設立した北海道新産業創造機構(ANIC、札幌市)は、ラピダスによる最先端半導体工場の進出に伴う北海道における経済波及効果が、2036年度までの累計で最大18.8兆円に達するとの試算を発表した。道内総生産への影響額は14年で最大11.2兆円になるという(2023年11月21日付日経新聞)。

 一方、今年2024年末に28/22~16/12nmのロジック半導体の生産を開始する予定のTSMC熊本工場は、2月24日に開所式を行う予定である。それに先立って、熊本県の蒲島郁夫知事は、「熊本にとって100年に一度のビッグチャンスの第一歩となる」と述べた(2023年1月25日付「NHK NEWS WEB」)。さらに、九州フィナンシャルグループ(FG)の笠原慶久社長は2023年8月30日の記者会見で、TSMC熊本工場の進出などによる熊本への経済波及効果について、10年間で6.9兆円規模に上るとの試算結果を発表した(2023年8月30日付日経新聞)。

 100年に1度のTSMC熊本工場による経済波及効果が6.9兆円、1000年に1度のラピダスによる経済波及効果が18.8兆円+11.2兆円だという。なんだか数字だけは凄いことになっている。これはどこかで見た光景だ。そうだ、過疎地への原子力発電所の誘致のようなのだ。つまり、TSMC熊本工場もラピダス北海道工場も、原発誘致のように思えてならないのだ。その共通点は、巨額の国の補助金が投入されることにある。

 一方、半導体工場の誘致と原発とでは決定的に異なることがある。そこで、本稿では2つの半導体工場と原発の誘致を比較し、その相違点を明らかにしたい。結論を先に述べると、原発は日本国民向けに電力を生むが、2つの半導体工場は日本向けの半導体をつくらないかもしれないということである。

TSMC熊本は第1工場に加えて第2工場も建設か

 TSMCが熊本に進出することを発表したのは2021年10月である。当初は28/22nmのロジック半導体をシリコンウエハで月産4.5万枚の規模で生産するとされていた。ところが、その翌年の2022年2月15日、TSMC熊本工場にはソニーが20%、デンソーが10%出資することになった。そして、28/22nmに加えて16/12nmのロジック半導体も生産することになり、生産規模も月産5.5万枚に引き上げられた。このTSMC熊本工場には、総工費の約半分の4760億円が日本政府から補助金として支出される。

 さらに、2023年12月には最先端露光装置EUVを使う6nm(7nmの改良版)のロジック半導体を生産する第2工場の熊本での建設が検討されていることが明らかになった(2023年12月11日付日経新聞)。この第2工場は今年2024年4月に建設着工し、来年2025年に建屋が完成、翌2026年末までに生産が開始される見通しである。そして、日本政府からは7500~9000億円もの補助金が支出されると報道されている。ということは、TSMC熊本工場には、合計で最大1.3兆円以上の補助金が投入されることになる。

TSMC熊本工場の経済波及効果

 九州FGは8月30日、TSMCの進出による熊本県への経済波及効果が2022~31年の10年間で6兆8518億円に上るとの推計を発表した。その内訳は以下の通りである。

・TSMC熊本工場の半導体生産による波及効果:4兆1406億円
・設備投資などによる波及効果:2兆4054億円
・工業団地造成:1007億円
・住宅関連:2052億円

 上記試算に当たっては、TSMC熊本工場に関連して進出する企業が約90社、新規雇用1万700人と想定している。そして、九州FGの笠原慶久社長は記者会見で、「100年に1度の規模で、大きなチャンスだ。効果を最大化するには、TSMCの地元調達率を高める必要がある。地場企業がリスクを取って投資できるよう、積極的に融資していく」と述べたという(2023年8月31日付読売新聞オンライン)。なお上記の試算には、TSMC熊本の第2工場は含まれていない。もし、第1工場と第2工場の合計の経済波及効果を試算したら、6兆8518億円の2倍になるのだろうか。

ラピダス北海道工場の経済波及効果

 一方、1000年に1度のビッグチャンス到来とされるラピダス北海道工場の経済波及効果はどうなっているか。北海道新産業創造機構は、工場が1棟の場合のシナリオ1と2棟の場合のシナリオ2を発表している(2023年11月21日付日経新聞)。最近、ラピダスは半導体工場を2棟建設することを公表しているので、以下ではシナリオ2について紹介する。

・工場の数:第1工場+第2工場
・シリコンウエハの生産規模:工場1棟当たり月産2万枚
・量産開始時期:第1棟が2027年度、第2棟が2030年度
・関連事業所の新規立地数:70カ所
・関連産業を含む従業員数:3600人

 このシナリオ2による2036年までの経済波及効果は合計18.8兆円と試算されている。その内訳は以下の通りである。

・最先端半導体生産による波及効果:10兆円
・ラピダスの工場などへの設備投資の投資効果:8.5兆円
・関連産業における工場・設備の投資効果:約3000億円

 そして、北海道新産業創造機構の藤井裕理事長(道経連会長)は記者会見で「北海道でこれほどの投資規模は例がない。新たな基幹産業ができる千載一遇のチャンスだ」と語ったという(前掲の日経新聞)。

「100年に1度」のTSMC熊本工場にしても、「1000年に1度」のラピダス北海道工場にしても、まだ半導体を生産しておらず、量産できるかどうかも分からないのに、取らぬ狸の皮算用的な巨額な数字をでっちあげたものだと呆気にとられる思いである。そして冒頭でも述べたように、この巨額な補助金と巨額な経済波及効果は、過疎地への原発の誘致を髣髴(ほうふつ)とさせる。以下では、東京電力の柏崎刈羽原子力発電所を例に、その経済波及効果を見てみよう。

東京電力柏崎刈羽原子力発電所の経済波及効果

 2000年4月1日付柏崎日報は、東京電力が建設した柏崎刈羽原子力発電所(以下、柏崎原発)の経済波及効果を報じている。この調査を行ったのはホクギン経済研究所で、調査期間は、柏崎原発1号機建設着工の3年前の昭和50年度(1975年)から全号機(7号機)完成前年の平成8年度(1996年)までの22年間としている。

・原発建設投資額:約2.5兆円
・新潟県全体の人口増:20,943人
・従業者数:17,436人
・新潟県の総生産:4367億円
・県民所得:2537億円

 以上から、柏崎原発の新潟県への経済波及効果は約3兆円と結論している。

半導体工場と原発の比較

 TSMC熊本の第1工場の経済波及効果は、2022~31年の10年間で6兆8518億円と推定された。また、ラピダス北海道の2つの工場による経済波及効果は、2036年までの14年間で18.8兆円と試算された。一方、柏崎原発の経済波及効果は、1975年から1996年までの22年間で約3兆円だった。

 以上の結果、単純な金額を比較すると、TSMC熊本工場の経済波及効果は柏崎原発の約2倍、ラピダス北海道工場の経済波及効果は柏崎原発の約6倍ということになる。したがって、熊本県知事が「100年に1度」、ラピダスの小池社長が「1000年に1度」のビッグチャンスと発言したくなる気持ちも分からないではない。しかし、TSMC熊本工場およびラピダス北海道工場と、柏崎原発とでは、決定的な違いがある。その詳細を以下で論じたい。

TSMC熊本工場は誰のために何をつくるのか

 TSMC熊本工場は、半導体の受託生産のビジネスを行うことになっている。受託生産というのは、半導体の設計を専門に行うファブレス企業などから半導体の生産を委託され、その半導体をシリコンウエハ上に生産することを意味する。

 では、TSMC熊本工場には誰が生産委託をするのだろうか。半導体の設計を専門に行うファブレス企業は、米国に約500社、台湾に約300社、中国には2800社以上もあるが、日本には10社あるかどうかというお寒い状況である。このファブレス企業の数からいうと、TSMC熊本工場は、主として海外向けの半導体の受託生産を行うのではないかと思われる。ただし、TSMC熊本工場には、ソニーが20%、デンソーが10%資本参加しているため、ソニーとデンソーがTSMC熊本工場に生産委託するかもしれない。しかし、その割合は月産5.5万枚のうちの1~2万枚位しかないと推定している。

TSMC熊本工場でつくるものがあるのか

 このように思っていたら、もしかしたらTSMC熊本工場ではつくるものがないかもしれないという懸念が浮上した。図1は、TSMCの地域別の売上高を示している。コロナ特需が起きた2021年以降、日本および欧州の売上高が増大していた。ところが、日本も欧州も2022年Q4にピークアウトして、売上高が減少している。つまり、台湾のTSMCの本社工場で日本向けの半導体売上高が減少しているわけだが、そのようななかで、TSMC熊本工場で日本向けにつくるものがあるだろうか。

日本向け半導体を生産しない?TSMCとラピダス工場に国が巨額補助金の愚策の画像2
出所:TSMCのHistorical Operating Dataを基に筆者作成

 さらに悲観的なデータがある。図2は、TSMCの各テクノロジーノードの売上高を示す。TSMC熊本の第1工場で生産する予定の28nmと16nmの売上高が急激に減少している。加えて、第2工場で生産が検討されている7nm(6nmを含む)の売上高がピーク時より半減しているのである。

日本向け半導体を生産しない?TSMCとラピダス工場に国が巨額補助金の愚策の画像3
出所:TSMCのHistorical Operating Dataを基に筆者作成

 以上をまとめると、日本にはファブレス企業がほとんどないため、TSMC熊本工場は、そもそも日本向けの半導体をあまり生産しないだろう。加えて、台湾のTSMC本社工場で日本向け半導体売上高が減少しており、TSMC熊本工場で生産する予定の28nm、16nm、6nm(7nmの改良品)の全ての売上高が減少している。となると、TSMC熊本工場では、つくるものがないのではないか。

ラピダスは何をつくるのか

 そもそも筆者は、ラピダスが2nmの先端ロジック半導体を量産できると思っていない。その詳細は拙著記事『ラピダス、税金から補助金5兆円投入に疑問…半導体量産もTSMCとの競合も困難』(2023年7月6日)、『社員200人のラピダス、2nm半導体の量産は困難な理由…TSMCは7万人以上』(2023年9月8日)などで論じた。

 しかしここでは、一万歩譲ってラピダスが2nmをつくれるようになったと仮定して、それで何をつくるのかということを論じたい。ラピダスは2023年11月13日、2023年度内に米シリコンバレーに営業拠点を設置することを表明した。ラピダスの小池社長は「米国は顧客となる企業が多い。事業をグローバルに展開したい」と開設の狙いを語ったという(2023年11月14日付日経新聞)。そして、その2日後の11月16日、ラピダスは人工知能(AI)向け半導体を設計・開発するカナダの新興企業のテンストレントと提携すると発表した。同日、米シリコンバレーで業務提携に関する覚書の調印式を開き、ラピダスの小池社長は「テンストレントが当社の最初の顧客になることを期待する」と語ったという(2023年11月17日付日経新聞)。

 どうもラピダスは、北海道の千歳工場で北米向けの半導体を生産したいようだ。日本政府は3300億円に加えて、5兆円とも10兆円ともいわれる補助金を投入するにもかかわらず、日本向けの半導体をつくるのではなく、よその国の半導体をつくろうとしている。これには筆者は、到底納得することができない。なぜ、よその国の半導体をつくる企業に、巨額の国費を投じるのか。

TSMC熊本工場&ラピダス北海道工場と原発の違い

 TSMC熊本工場は、そもそも日本向けの半導体をあまりつくらないと思われるし、もしかしたらつくるものがないかもしれない。また、ラピダス北海道工場は、そもそも2nmをつくれるとは思えないが、よその国の半導体をつくろうと営業活動を行っている。一方、原発はどうだろう。原発の建設にも巨額の国費が使われる。しかし、その原発は完成したら、少なくとも40年間は稼働して、日本国民が使用する電力を生み続ける。例に挙げた柏崎原発は、1号機から7号機までの7つの原子炉があり、総出力で821万2千kWを発電することができる。

 TSMC熊本工場は「100年に1度」、ラピダス北海道工場は「1000年に1度」といわれ、巨額の国費を投じるとともに、途轍(とてつ)もない金額の経済波及効果があると試算されている。ところが、これらの半導体工場は、日本向けの半導体をつくらないし、つくろうとしていない。この点が原発と大きく異なる点である。したがって、日本の国益に適わないような半導体工場に、巨額の国費を投じることは、断固として反対である。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

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湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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