武田薬品工業の売上高は競合する大手製薬企業である第一三共のそれを上回っているが、時価総額を比較してみると武田薬品は第一三共より低い。なぜ、このような“逆転現象”が生じるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。また、過去10年で武田薬品のクリストフ・ウェバー社長が受け取った役員報酬は、同期間に第一三共の歴代トップが受け取った役員報酬の6.5倍にも上ると日本経済新聞が報道し、一部で注目されている。
売上高ベースで国内製薬企業トップの武田薬品工業は、消化器系・炎症性疾患、希少疾患、血漿分画製剤、がん、神経精神疾患、ワクチンなど主要な疾患領域を幅広くカバーする総合医薬品メーカー。ウェバー氏は2014年に社長に就任し、メガファーマ(世界的な大手製薬企業)入りを目指し19年には6兆円以上の資金を投下しアイルランドの大手製薬シャイアーを買収。「アリナミン」や「ベンザブロック」などの一般用医薬品(OTC)事業を売却し、高い利益率が期待できる医療用医薬品に注力するべく経営改革を推進。その結果、過去10年で売上高は約2.5倍に伸長。24年3月期の売上高は4兆2638億円で前期比で増収となったが、営業利益は同56.4%減の2141億円、純利益は前期比54.6%減の1441億円となっている。
国内製薬3位の第一三共は、がん領域や生活習慣病薬などに強みを持つ。24年3月期の売上高は前期比25.3%増の1兆6017億円、営業利益は同75.5%増の2116億円、純利益は同83.8%増の2007億円。
2社の売上高を比較してみると、武田薬品は第一三共の約2.7倍と大きく引き離している。だが経営効率を示すとされる売上高営業利益率をみると、第一三共が13.21%なのに対し、武田薬品は5.02%。そして株式時価総額は第一三共が約11.7兆円なのに対し、武田薬品は約6.9兆円(7月11日終値ベース)。武田薬品は国内製薬5位の中外製薬(約10.7兆円)よりも低い。
売上高と時価総額の逆転現象が起きている理由
なぜ両者の間では、売上高と時価総額の逆転現象が起きているのか。つばめ投資顧問アナリストの佐々木悠氏はいう。
「投資家が企業を見る際に最も注目すべき指標は、売上ではなく利益です。売上から原材料費や人件費、研究開発費などの販管費を差し引いた営業利益を比べてみましょう。25年3月期の営業利益予想は武田薬品工業が2250億円、第一三共が2300億円ですから、利益の規模に大きな差はありません。しかし、営業利益率予想は武田薬品工業が5.17%、第一三共が13.14%ですから、売上が少ない割に利益を稼いでいるのは第一三共であり、効率よく稼いでいることがわかります。
なぜ、第一三共の利益効率が良いのか。逆に、武田薬品は売上規模が大きくても利益を稼げていないのかは、それぞれの医薬品の販売状況が大きく関係しています。
2020年以降、第一三共の主力抗がん剤『エンハーツ』が短期間で大きな成功を収めています。エンハーツは従来の抗がん剤よりも有効性と安全性が高く評価され、売上も急速に増加しています。21年には約300億円の売上だったものが、24年3月期には約3350億円に成長しました。この成功により、21年から24年にかけて営業利益が3倍以上に成長しています(21年3月期637億円、24年3月期2115億円)。このエンハーツの成功が第一三共の成長要因です。
一方、武田薬品は23年3月期以降、営業利益が低迷しています。24年3月期は、主に米国でのADHD治療薬『ビバンセ』および国内での高血圧症治療薬『アジルバ』の特許切れなどの悪影響がありました。これにより、これらの薬品に対する安価なジェネリック薬の市場参入がありました。さらに、新型コロナウイルスワクチンの収入減少も大きな影響を及ぼしています。既存製品の売上増加で一部カバーされていますが、新薬の開発遅れと減損計上により、24年3月期の営業利益は前年比約56%の減益となっています。
定性的な情報から考えると、第一三共は明確な主力医薬品があり利益を伸ばしていますが、武田薬品は売上規模は大きいものの研究開発コストの増加によって利益を伸ばしていないのです。さらに第一三共は、エンハーツに続く新薬候補も複数開発中であり、この部分も市場で高く評価されているといえます。この成長力の差が市場の評価の差(=時価総額の差)につながっているものと考えられます」
欧米企業と日本企業の役員報酬の差
武田薬品の役員報酬は高額だ。24年3月期のウェバー代表取締役社長CEOの連結報酬総額は20億8200万円であり、第一三共の代表取締役社長兼COO社長執行役員の奥澤宏幸氏の2億5300万円と比較し約8.2倍。また、前出・日経新聞記事によれば、ウェバー氏が過去10年で受け取った役員報酬は総額約150億円であり、第一三共の歴代トップのそれの6.5倍にも上るという。
「ざっくりいうと、武田薬品では欧米企業の役員報酬の相場が適用され、第一三共は日本企業の役員報酬の相場が適用されているということ。武田薬品は海外進出を進めるためにウェバー氏を海外の製薬大手から引っ張ってきたが、海外競合他社と比較して魅力的な報酬をウェバー氏に提示する必要があった。結果的に武田の売上高海外比率は9割にまで伸びたが、第一三共は6割ほど。また、第一三共は会長も社長も生え抜き社員で出世を重ねてきたサラリーマン経営者なので、一般的な日本企業の役員報酬となっている」(メガバンク系ファンドマネージャー)
(文=Business Journal編集部、協力=佐々木悠/つばめ投資顧問アナリスト)