ECサイトではAmazon.co.jp(アマゾン)と、携帯電話事業では大手キャリア3社と、インターネット証券ではSBI証券などと比較され、メジャーな存在ゆえに何かとマイナスの評価を浴びることも多い楽天グループ(G)。だが、楽天市場が存在するおかげで日本のアマゾンプライム会員料金は海外と比較して低く抑えられていたり、楽天モバイルが存在するおかげで他のキャリアでも値下げ競争が起きて携帯料金が低く抑えられたりと、楽天のサービス利用者以外の多くの消費者が、楽天Gが存在することによる大きな恩恵を受けているという見解が一部で話題を呼んでいる。実際には、そのような現象はあるといえるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
国内初の本格的な総合ECサイト「楽天市場」を運営する企業として、1997年に現会長兼社長の三木谷浩史氏が創業した楽天グループ。業容は急拡大を続け、売上高にあたる売上収益はグループ全体で2兆円を突破。手掛けるサービスはECから携帯電話、金融、旅行、フリマアプリまで幅広く計70超、グローバル展開拠点は30カ国・地域、グループサービス利用者数は約18億、グローバル取扱高は40兆円に上る巨大企業に成長した。2020年に本格参入した携帯電話事業の投資が重しとなり、23年12月期まで5年連続で最終赤字となっているが、昨年以降は「Rakuten最強プラン」「最強家族プログラム」「最強こどもプログラム」を相次いで投入し、さらには6月には「プラチナバンド」と呼ばれる700MHz帯の商用サービスも開始となり、速いスピードで契約回線数が増加。楽天Gは携帯電話事業が属するモバイルセグメントのEBITDA(利払い・税引き・減価償却前利益)ベースでの黒字化が目前に迫っていると説明している。
その楽天Gの主要事業である「楽天市場」のライバルがアマゾンだ。もっとも、国内では2強といえる存在だが、グローバルに展開するアマゾンに対し、楽天市場の展開は主に国内に限られる。だが、楽天市場が存在することで日本のアマゾンプライム会員料金が低く抑えられているという見方もある。日本の同料金は年5900円だが、英国は95ポンド(約1万9000円)で日本の約3.2倍、ドイツは89.90ユーロ(約1万5000円)で約2.5倍、米国は139ドル(約2万2000円)で約3.7倍。日本には「ヨドバシ.com」など幅広い商品を扱うものや「ZOZOTOWN」「ユニクロ公式オンラインショップ」といった特定の商品ジャンルに強みを持つもの、スーパー各社のネットスーパーなど、リーズナブルな価格で短時間で配送してくれるECサイトが普及しているものの、規模の大きな楽天市場が存在することでアマゾンが安易に値上げしにくいという面はあるかもしれない。
「日本のECサイトが低価格かつ短期配達を実現できているのは、世界で類を見ないほど日本の物流・宅配業界が低価格で質の高いサービスを提供できているという要因も大きい。豊富な品揃えとユーザビリティーの高いサイト、在庫管理システムを構築できているのはECサイト事業者の努力の賜物だが、それと優秀な物流・宅配業界の相乗効果による恩恵を日本の消費者は受けている」(デジタルマーケティング会社プロデューサー)
また、2020年に楽天モバイルを通じて本格参入した携帯電話事業では、当時は大手キャリアの約半額の水準となる月額2980円(税抜)で大容量プランを提供。これに大手3社も追随して同水準の価格のプランを投入。今年10月以降は楽天モバイルのデータ使い放題プランを意識するかたちで、大手3社はお得感をアピールする30GBプランを投入。楽天モバイルの存在が日本の携帯料金を抑制する作用を及ぼしていることは否定できない。
このほか、ネット証券最大手のSBI証券は昨年9月、国内株式の取引手数料の無料化に踏み切り、楽天証券もすぐに追随したが、これも楽天証券という強力なライバルを意識した動きであったことがうかがえる。
日本のネットビジネスの料金、欧米と比較してかなり低い金額
以上をみてみると、直接的な楽天ユーザー以外の多くの人々も、さまざまな領域で楽天のサービスが存在するがゆえに低価格という恩恵を被っているという側面があるとも考えられる。昨年、楽天Gの存在が海外勢の値上げの防波堤になっているという記事がバズった経済評論家で百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏はいう。
「日本のネットビジネスの料金が欧米と比較してかなり低い金額に抑えられているのは事実です。その背景には、デフレ以上に競争が関係していることは間違いありません。欧米ではGAFAMを中心にネットサービスでは勝ち組が確定して、結果としてサブスク価格は年々値上げの方向にあります。一方で日本の場合は価格面での競争のリーダーは間違いなく楽天Gです。
まずネットサービスの価格について、アマゾンプライムの年会費が日本では5900円ですが、アメリカでは139ドル(約2万2000円)と4倍近い価格差があります。なぜかというと、アマゾンは日本ではインターネット通販分野で楽天と激しい競争を続けているからです。楽天市場では送料無料の商品も多く、さらに3980円以上の場合は一律送料無料になるサンキューショップがたくさんあります。楽天ブックスも送料無料です。結果としてアマゾンプライムの送料無料特典は、アメリカ市場と比較してそれほど魅力的な内容にはなりませんでした。そのためアマゾンプライム導入時に日本ではアマゾンは年会費を低く抑えざるを得ないことになりました。
正確にいえば、競争という意味ではヨドバシ・ドット・コムやヤフーショッピングの影響も大きいうえに、宅配便の送料が日本は安いことが背景要因としてありますので、楽天ひとりの手柄というといい過ぎだとは思いますが、それでも楽天に対する競争がアマゾンにとっては最重要ベンチマーク要因であることは間違いないでしょう。
このアマゾンプライムの低価格化は、さらに他のネットサービスの価格を抑える連鎖を作り出しています。低価格のアマゾンプライムの会員数が日本では1800万人を超えたのですが、これは結果的にアマゾンプライムビデオを視聴できる会員数がその規模になったことを意味します。すると動画配信事業を行う競合は価格を上げることが難しくなります。Netflix(ネットフリックス)は月890円で広告付きプランを視聴できますし、Disney+(ディズニープラス)は月額990円です。いずれも欧米各国のプラン料金よりも安く視聴できます。
音楽のサブスクのSpotify(スポティファイ)も同様で、アマゾンミュージックの価格が安く設定されていることから日本ではスタンダードなプランの月額は980円。これに対してアメリカでは11.99ドル(約1900円)とやはり割高です。
これらの事実からも、まわりまわって楽天へのアマゾンの対抗価格が、ネット大手の海外勢に対する価格の防波堤になっていることは間違いないでしょう。
一方で国内の携帯電話料金でも同じことが起きています。モバイル事業に参入したことで楽天グループは巨額の赤字に苦しむことになりましたが、その価格設定が低かった結果、国内大手3社はいずれも料金を大幅に下げた新プランを提供せざるを得なくなりました。
楽天の参入以前はスマホユーザーの月額料金はだいたい7000円程度だといわれていました。それが現在では楽天モバイルと競争可能な新商品が前面に押し出されています。NTTドコモの場合で説明すると、データ利用が多いユーザーの場合、ahamoが月2970円と楽天と競争できる金額に下げたうえに、データ量も30GBと増量しています。データ利用量が少ないユーザーはirumoで3GBが月880円から。これらのプランは完全に楽天モバイルの価格設定の対抗価格に設定されていることがわかります。
赤字幅が縮小してきたとはいえ、いまだ楽天Gの経営状況が苦しいことには変わりありません。だからといって、もし楽天が苦境で価格方針を変更する事態に陥れば、スマホ料金もサブスク料金も低価格の縛りがなくなって一気に値上げされるかもしれません。消費者は自衛のためにも、できる範囲内で楽天Gを利用するように心がけることが本当は必要なのだと私は考えます」
(文=Business Journal編集部、協力=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)