「価値観でつながる採用」は幻想か、突破口か…Z世代と企業の新しいマッチング論

●この記事のポイント
・新卒採用における企業と学生のミスマッチを解決するため、株式会社ベースミーが提供するAIサービス「BaseMe」は、ESや面接では測れない「価値観」を可視化し、企業と学生の文化的フィットを分析する。このサービスは、フリー株式会社や株式会社丸井グループといった大手企業も導入している。
・この価値観マッチングの主なポイントは以下の通りである。従来の採用プロセスの限界を補完する。対話のきっかけとして活用する。企業側の自己理解が成否を分ける。
Z世代の新卒就活において、企業と学生の間に生じる「ミスマッチ」が問題視されて久しい。価値観の多様化、自己実現志向、早期離職の常態化……。こうした状況下で「価値観マッチング」という新手法を打ち出したのが、スタートアップの株式会社ベースミー。同社の提供するサービスZ世代キャリア支援AI「BaseMe」は、ES(エントリーシート)や面接だけでは測れない相性をAIが分析し、企業と学生の「文化的フィット」を可視化するという。フリー株式会社や株式会社丸井グループなど、大手企業も導入を進めているが、果たしてその効果は?
本稿では、BaseMeの狙いと技術的裏付け、そして導入企業の実体験を通して、この「価値観採用」のリアルを問い直す。
目次
従来型採用の限界と「価値観」の導入
「価値観が合わずに辞めてしまう」ーー。これは近年の新卒採用における離職理由の上位に挙げられるが、こうした傾向に対し、株式会社ベースミーは「価値観マッチング」という新たな視点で採用のあり方を問い直そうとしている。
ベースミーCEOの勝見仁泰氏は、従来型の採用プロセス──エントリーシート(ES)や面接、学歴フィルター──が抱える限界に警鐘を鳴らす。
「ESは学生のプレゼン能力やアピール力を測るには有効だが、本当にその人が組織に合うか、長期的に働けるかどうかはわからない」
同社が提供するBaseMeは、企業と就活生双方の価値観を可視化し、マッチングサービスだ。従来のような一方向の診断ではなく、企業側にも「自社の価値観とは何か」を言語化してもらい、学生との相互比較が行える点が特徴だ。
「優秀な人材が入っても、価値観が合わなければ短期間で離職してしまう。その原因の多くは、企業自身が自分たちの価値観を把握できていないことにある」と、勝見氏は指摘する。そのうえで、BaseMeは「お見合い」の場にすぎず、マッチングの結果をそのまま採否判断に使うことは推奨していないという。
「価値観のズレがあるなら、その違いにどう向き合うかを話し合うきっかけにしてほしい」
同社はこのように、マッチング結果を対話の素材として活用することを重視する。
また、就活生側にも診断結果をフィードバックすることで、自己理解を深める副次的な効果も狙っている。「社会課題を解決したいという抽象的な志向を持つ学生にとって、言語化の材料になるよう設計している」と勝見氏は語る。
従来、学生の自己分析は自己流の振り返りやキャリアセンターでの面談が中心で、客観的な視点を得ることが困難だった。BaseMeはこうした課題に対し、AIによる多角的な質問と分析を通じて「自分がどう働きたいのか」「どんな組織で力を発揮できるのか」の言語化を支援する。企業とのマッチングだけでなく、学生自身の自己理解促進も重要な機能の一つといえる。
「価値観マッチング」は本当に機能するのか…実証例
●フリー株式会社
価値観マッチングは実際の採用現場でどう機能するのか。まず、話を聞いたのはフリー株式会社。
同社の担当者は「これまで選考時の評価と、入社後の成果のギャップは一定発生していた」と話す。
「優秀な学生だと思っても、得意なこととか好きな領域では能力を発揮する一方で、本当に苦手なことや困難に直面した時に本当に頑張れるのかといった、本質的な部分をESや面接だけで判断するのは、困難ではないかと感じていた」
とりわけ同社が直面していたのは、企業イメージと実態の乖離だ。
「弊社に対して学生は、ホワイト企業でキラキラしたイメージを抱いている。しかし実際には、まだまだカオスな部分が多い。そのため入社後に挫折してしまうケースもあった」
それを乗り越える人材を獲得する方法としてESは不十分だった。
「たとえば、ESで『最も高い壁に向かってやりきった経験を教えてください』という設問を設けたことがある。しかし、やり切ったレベルがどれだけの難易度だったのか、その学生がどういう思いを持って挫折を乗り越えたのかといった部分は、文字からはなかなか伝わりにくいという課題が残った」
さらに、近年のAI文章生成能力の向上により、学生がそれらを利用した場合、本来の思考や価値観が見えづらいという問題も生じていた。
こうした問題の解決にBaseMeは有効に機能している。価値観のマッチングにより、一人採用するのに必要な母集団の質は劇的に向上した。結果として、採用コストの大幅削減も実現している。
将来的にはAIによる面接も検討する同社だが、現状ではまだ踏み切れない部分もある。
「採用ペルソナが本当に整合性を保てているかは、まだ検証し切れていない。そのため現状、AIによる足切りは行っていない」
何よりも、マッチング精度を向上させるには、採用側の要件をどれだけ言語化できるかが課題となる。結局のところ、価値観マッチングの成否は企業側の自己理解の深さに依存するといえるだろう。
●株式会社丸井グループ
一方、丸井グループは「企業イメージと実態の乖離」という異なる課題に、価値観マッチングで取り組んでいる。
同社担当者はこう語る。
「当社の場合、小売業のイメージが先行しがちだが、実際のビジネスの中心はフィンテックや共創投資など、かなり多様である。学生側ではそうした実態に触れる機会が少なく、入社後のギャップが課題になることもあった」
同社が求めているのは、従来の一括選考では出会えなかった人材との接点だ。
「『こんな社会課題を解決したい』『こういう働き方が理想』といった抽象的な話題で会話できると、学生の価値観がよく見えるし、こちらの価値観も伝えやすくなる。学生の話を起点に双方向の会話ができることで、従来のESでは見えてこなかった側面を掘り下げられる」
企業側が「どういう人と働きたいか」を丁寧に言語化することが前提だが、同社が目指すのは価値観マッチングを起点とした早期接触による新しい選考スタイルへの転換だ。
「BaseMeの価値は、最初に『こういう人かも』という仮説が立てられることにある。そこから対話を重ねる中で理解を深めていける。早く出会えて、早く関係を作れるという意味で効果を感じている」
つまり、BaseMeはあくまで最初の出会いの補助線だ。そこから先は、人と人との対話や関係構築といった泥臭いプロセスを重ねていく。価値観マッチングとは、万能なふるいではなく、時間を投資するに足る相手と出会うための起点にすぎない。
その利点と限界を理解した上で、どう活用するかが成否を分ける。
人事施策としての「価値観マネジメント」へ

前段の勝見氏への取材に戻ろう。
取材の中でふと疑問に思ったのは、BaseMe導入している企業から、ユーザーには有名大学の学生が多い点を利点として挙げる声があったこと。
ともすれば、BaseMeは本質から外れ、人事担当者がコストを削減して見栄えのする学生を獲得するツールとなりかねない。また、学生側も価値観マッチングの特性を理解して企業に受けるような自分を演出することも可能ではないのだろうか。
「BaseMeは正解を出すものではなく、対話のきっかけを生む装置なんです。設問の数も多く、表層的な演出で意図通りのスコアを出すのは実際には難しい。仮にズレが出た場合でも、それを面接で問い直すことで、逆に深いコミュニケーションにつながることもある」
さらに、勝見氏は「似た価値観の人を集めればうまくいく」という誤解にも釘を刺す。
「価値観が近いからこそうまくいく、とは限らない。違和感こそが、対話や発見を生む出発点になると考えている」
価値観マッチングを支えるのは、採用の効率化ではなく、あくまで「人を理解する」ための問いの連鎖。その姿勢こそが、ツールの運用次第で組織文化を深化させるか、硬直させるかを分ける現場において、BaseMeの存在意義となっている。
勝見氏は、今後の採用環境の変化についてもこう語る。
「これからは新卒一括採用が崩れ、通年採用が当たり前になる。学生と企業が、よい偶然として出会う場面をいかに創出できるかが問われます。そのとき、価値観という軸でのマッチングは、テクノロジーを通じてごく自然に行われるようになっていくでしょう」
通年採用時代においては、従来の「選考期間」という区切りがなくなり、学生との接点は年間を通じて発生する。そうした環境下では、企業側の意識や運用姿勢こそが問われる。「人を理解し、対話を促す」という基本姿勢を忘れず、価値観マッチングの本質を正しく活用できるかどうか。それが、変化する採用市場の中で企業が選ばれる理由にもなっていくはずだ。
人を理解する問いを投げかける装置としてのBaseMeは、単なる効率化ツールではなく、採用の現場における新しい接点と可能性を広げる実験場であり続けるだろう。
(構成=昼間たかし/ルポライター、著作家)











