総延長約66万km、水道管の老朽化は深刻な課題…衛星データで漏水調査を効率化

●この記事のポイント
・リモート・センシング技術センターは、衛星データを活用した「mizuiro」で、水道管周辺の地表湿潤を解析し、漏水調査の効率化を支援。
・日本の環境や排水管データに特化したAIモデルで、調査対象を絞り込み、自治体や企業の調査コスト・時間を削減。
・将来的には農業や海外インフラ管理など、水分解析技術を応用した幅広い分野への展開も視野に入れている。
日本の社会インフラ、とりわけ水道管の老朽化は深刻な課題となっている。総延長約66万kmにも及ぶ水道管の多くが高度経済成長期に敷設され、耐用年数を超えるものが年々増加している。しかし更新には莫大なコストと時間がかかり、漏水による水資源の損失や道路陥没などのリスクは後を絶たない。
こうした課題に対し、衛星データを活用した革新的な漏水調査サービス「mizuiro」を提供しているのが、一般財団法人リモート・センシング技術センター(RESTEC)だ。同センター ソリューション事業部 参事の奥村俊夫氏に、技術の仕組みから社会的意義、今後の展望まで話を聞いた。
●目次
光学カメラではなく「マイクロ波」で地表を観測
RESTECの強みは、人工衛星データの専門機関として長年培ってきた解析技術にある。mizuiroの中核を担うのは、光学カメラではなく「合成開口レーダー(SAR)」と呼ばれるマイクロ波レーダーだ。
「SARは可視光よりも波長が長く、雲や植生を透過できるのが特徴です。地表の浅い層が湿っているかどうかを衛星から把握できるため、地中深く埋設された水道管からの漏水を間接的に捉えることが可能になります」(奥村氏)
実際の解析では、10m四方単位で地表の湿潤状態をマッピング。排水管データと組み合わせることで、どの地点に異常がある可能性が高いかを“赤い点”として示す。従来の音聴調査のように人手で数千キロの管路を点検するのではなく、調査対象を効率的に絞り込めるのが大きな強みだ。
福岡市での実証実験は、その有効性を示す象徴的な例だ。市内2平方キロを対象に、mizuiroが提示した候補地点と実際の音聴調査結果を比較したところ、13カ所の漏水のうち7カ所を検出できた。
「我々は漏水そのものを直接見ているのではなく、地表の湿潤を手掛かりに“怪しい場所”を抽出しています。ですからmizuiroは『漏水調査』ではなく『スクリーニングサービス』と位置づけています」と奥村氏。
つまりmizuiroは万能な“漏水探知機”ではなく、調査すべき範囲を大幅に絞り込むフィルターの役割を担う。従来の調査を置き換えるのではなく、効率化のための前段ツールとしての価値が高い。
他社サービスとの差別化ーー「日本仕様」のAIモデル
現在、衛星を用いた漏水調査サービスは国内外で複数展開されているが、mizuiroには独自性がある。
一つは「国内完結」の体制だ。データ解析やAI学習はすべて日本国内で行われるため、海外に情報が流出することがない。安全保障上の懸念が高まる中で、自治体にとって安心材料となっている。
もう一つは「日本の環境に特化したAIモデル」だ。乾燥地帯で開発された海外サービスは、日本のように湿潤な気候では誤検知が多発する可能性がある。mizuiroは国内の水道局が蓄積してきた過去の漏水データを学習に活用することで、地域ごとに適応したモデルを構築している。

「過去の修繕履歴をきちんと管理されている自治体ほど、解析精度も高まります。地道なデータ整備がAIモデルの品質を左右するのです」と奥村氏は強調する。
もっとも、衛星観測には限界もある。豪雨や降雨直後のデータは地表が一様に濡れてしまうため、解析に使えない。またJAXAの衛星は多目的利用されており、漏水調査のためだけに高頻度観測が行われるわけではない。
「現状では年に1回程度しか観測機会がないケースもあります。今後、新しい衛星の打ち上げで頻度が増えることを期待しています」(奥村氏)
さらに、地表に水分が現れないタイプの漏水(下方に浸透するケース)や、池や溜め池からの浸水など、誤検知や見逃しの要因も存在する。mizuiroはあくまで「スクリーニング」であり、現地調査と組み合わせることが前提だ。
社会的意義ーー水道インフラ維持の切り札に
埼玉県での事例では、mizuiroが示した有力候補地点を対象に音聴調査を行い、漏水の疑いが高い地点を掘削したところ、地表は乾いていたにもかかわらず、地下1.1mの水道管から実際に漏水が確認された。
「衛星画像上では赤く表示されていたのに、現地では乾いている。これを信じて掘削したら本当に漏水していた、という事例は複数あります。衛星の目がなければ見過ごされていた可能性が高い」と奥村氏は振り返る。
従来の方法では膨大な労力とコストが必要だった調査を、mizuiroは大幅に効率化できる可能性を示している。
全国の水道管の更新率は年間0.8%程度と極めて低く、このままでは「全ての管路を更新するのに約130年かかる」と試算される。財政難に直面する自治体にとって、更新も調査も現実的に全件対応することは不可能だ。
「闇雲に調査しても効率が悪い。mizuiroは『この辺が怪しい』というヒントを与えることで、調査の効率を飛躍的に高めます。しかも衛星で見えるのは比較的大規模な漏水が多いため、修繕効果も大きい」(奥村氏)
限られた予算と人員で最大限の成果を出す――mizuiroはそのための強力な武器となり得る。
今後の展望ーーインフラ監視のプラットフォームへ
RESTECは現在、主な顧客を自治体や水道事業体に据えているが、将来的にはインフラ全般の監視に活用の幅を広げる構想を描く。道路陥没のリスク評価や産業用水の管理など、水道以外の用途も見込まれる。
「私たちは株式会社ではなく、一般財団法人です。営利追求ではなく、社会のために技術をどう役立てるかを最優先に考えています。衛星データの可能性を広げ、インフラ維持管理の基盤を支える存在でありたい」と奥村氏は語る。
RESTECの「mizuiro」は、衛星データを駆使して“見えない漏水”を浮かび上がらせる新しい調査手法だ。課題はあるものの、老朽化するインフラに対して効率的な調査を可能にする意義は大きい。
水資源の有効利用、防災リスクの低減、そして限られた公共予算の有効活用――。mizuiroは、社会全体が直面する課題に応える衛星ソリューションとして、今後ますます注目を集めていくことだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)











