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水道民営化の英国、水道料金上昇と漏水多発…日本でも懸念、災害復旧の保証なし

文=横山渉/ジャーナリスト、尾林芳匡/弁護士
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水道管(「gettyimages」より)

 国土交通省「2021年度版 日本の水資源の現況」によれば、水道水をそのまま飲める国は世界でたった12カ国だという。しかし、世界に誇る日本の安全でおいしい水が、将来的に危なくなるかもしれない。

 今年4月から宮城県では、上水道・下水道・工業用水道という3つの水道事業をひとつにまとめて運営権が民間企業に売却された。水道事業の民営化である。運営委託先は水処理大手メタウォーターなど計10社が出資した特別目的会社「みずむすびマネジメントみやぎ」。同社は県の水道事業を20年間にわたって運営する。自治体が水道事業の認可を受けたまま、民間に運営権を委ねる「コンセッション方式」が上水道に適用されるのは全国初だ。しかし、宮城県民の間では現在も、今後は水道料金が値上げされたり水質が落ちたりするのではないかとの懸念が払拭されず、民営化反対のセミナーや勉強会が積極的に行われている。

2018年12月に行われた水道法の改正

 宮城県の例は全国初であり、水道事業の民営化について知らないという人は多いかもしれない。これがやりやすくなったのは、2018年12月に水道法改正案が成立したからだ。民営化問題に詳しい八王子合同法律事務所の尾林芳匡弁護士が解説する。

「18年の改正前から民営化できる法制度はありましたが、参入しようとする企業への厚労省による資格審査が大変厳しく、参入しにくい仕組みでした。日本には水道事業を請け負った実績のある一般企業もありませんでした。しかし、法改正により自治体がコンセッションを実施する場合、自治体は水道事業の休止の許可を国から受ける必要がなくなり、参入企業も容易に水道事業の運営ができるようになりました。行政による水道事業がそのまま継続されるかのようにみえながら、実際には営利企業によって運営されるようになります」

 では、水道事業の民営化は何が問題なのか。

「水は人が生きるために、生活するうえで不可欠です。憲法の生存権(25条1項)と公衆衛生に関する国の責任(25条2項)に基づき、国や自治体はすべての人に、安くてきれいな水を豊富に提供することが必要です。民営化は水の供給を営利事業にするということです。営利企業が利益を増やそうと思えば、利用料金は安いより高くしたほうが利益は上がります。水質を維持するには、こまめに設備更新をしなければなりませんが、利益を上げようとすれば、多少水質が悪くなっても経費を削ろうとすることが、外国では起きています」(同)

 尾林氏が指摘するように、海外で民営化を進めた国では現実にたくさんの問題が起きている。例えば、イギリスは1989年に水道局を完全民営化したが、水道料金は上がり続ける一方、水道サービスの質は大幅に低下した。ロンドンだけでも水道管路(道路の真下を通っている水道管路)の漏水が年間平均6000件も報告されている。東京都は年間200件弱だから約30倍という多さだ。ロンドンのグリニッジ大学ビジネス学部に拠点を置く公共サービス国際研究所(PSIRU)のデータによると、2000年から2015年の間に、37カ国235都市が、一度民営化した水道事業を再び公営に戻している。

水道法の改正は、経済界の要請

 水道事業をめぐっては近年、全国的に水道設備の老朽化や人口減少による水需要の減少、水道料金収入の減少といった問題が表面化してきた。水道管を含む水道設備の更新が必要だが、その原資となる水道料金収入は減っているので、お金をどうするのかという話だ。

 水道法の改正は「水道の基盤強化」が目的とされている。宮城県は民営化によって、ICT(情報通信技術)の導入などで人件費を削り、資材の一括購入などのスケールメリットも生かし、20年間の事業費は移譲前の状況と比べて10%に当たる約337億円の削減が可能と見込む。民間のビジネスノウハウを活かして経費削減に努めるということだろう。だが、尾林氏は、民営化は問題の解決にならず、経費削減も極めて難しいという。

「法改正の真相は、水道事業をお金儲けの材料にしたいという経済界の要望に政府が応えたということでしょう。宮城県のコスト削減も、具体的な根拠が示されていません。実際今、民営化のターゲットになっているところは、設備が整っていて収益が上げやすい大都市だけで、人口減が激しい過疎地域について企業が採算を度外視して設備更新に取り組もうとする例はありません」

 さらに尾林氏は、水は人権の問題であることを強調する。

「どんなに人口が減ろうと施設が老朽化しようと、安全な水を国や自治体が責任を持って供給することは、人権である以上必要なことです。水道法には、国が水道事業を財政的・技術的に支援しなければならないという規定があります。人口減で過疎に悩む地域には、国が支援しなければならないのではないでしょうか。それが本来の水道法の理念です。水道設備更新の原資の捻出が民営化の理由になるのはおかしなことです」

 アベノミクスで政府が考えたことは、民間の資金がだぶついて行き先がなくて困っているので、それを活用しようということだろう。宮城県の場合は、さらに別の理由もありそうだ。

「宮城県の工業用水は、需要を多く見積もりすぎた設備で、十分に採算がとれない状態になっていました。上下水道と工業用水の3つを一体で民間委託することにより、水の需要を見誤った失政を隠そうという意図があったのではないでしょうか」(同)

自然災害大国の日本、企業は断水の責任をとらない

 コンセッション方式は、すでに2011年に水道事業を含めたさまざまな公的事業で可能だったが、なかなか進まなかった。そこで改正水道法では、災害時の水の安定供給に関する責任は自治体が負うことにして、容易に企業が水道事業に参入できるようにした。2011年3月の東日本大震災のときは257万戸で断水が起きた。地震以外に台風や水害でも断水が起きる可能性はある。しかし、運営委託された民間企業が復旧に向けて迅速な対応をとる保証はない。

「宮城県の例でいえば、災害対応は自治体の責任となっています。自治体は企業に対して命令できず、企業は契約に書いてあることしかしないでしょう。災害で水道管や施設が壊れたら自治体が直すしかありません。結局、住民は自治体に要望をするしかないでしょう」(同)

 自然災害の多い日本に、水道事業の民営化は向いていないのは間違いない。尾林氏は「水道事業を民営化しないと宣言している自治体も増えています。民営化の動きが急速に広がることはないと信じたいです」とも語る。

(文=横山渉/ジャーナリスト、尾林芳匡/弁護士)

横山渉/フリージャーナリスト

横山渉/フリージャーナリスト

産経新聞社、日刊工業新聞社、複数の出版社を経て独立。企業取材を得意とし、経済誌を中心に執筆。取材テーマは、政治・経済、環境・エネルギー、健康・医療など。著書に「ニッポンの暴言」(三才ブックス)、「あなたもなれる!コンサルタント独立開業ガイド」(ぱる出版)ほか。

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