つまり、自分が考えた接客で靴が売れるとうれしい。だからもっと売れるように工夫する。そこに仕事のハリが生まれ、売るのが楽しくなってくる。
前出関係者は「それが同社の現場力の磨き方だ」と指摘する。入社して1年もたつと、「どのコーナーのどの棚のどの段に、どの靴があるか。それをどんなふうに客に奨めると喜んでもらえるのか」をそらんじてしまうのは、そうした背景があると分析する。
これに関して、同社の野口実社長もかつて「プレジデント」(プレジデント社/09年3月30日号)のインタビューの中で、次のように話している。
「接客では来客のニーズ把握が最重要。世間話のような対話をし、試し履きをしてもらっている間に、この客はその価格帯の靴が欲しいのか、そのブランドが好きなのか、その色が気に入ったのかなど聞き出すのではなく感じる。すなわち察知しないといけない。察知しないと、試し履きした靴が気に入らない場合、さっと気に入りそうな次の靴を提案できない。提案できないと客はそのまま帰ってしまう」
無論こんな接客は、誰でも一朝一夕にできるようになるわけではない。店員自身の日々の努力と工夫が大事になる。
野口社長は、接客プロのような口上手店員よりも「口下手でも小さな改善をこつこつと愚直にやっている店員が当社では伸びている」とも述べている。
現場は顧客志向と販売競争のるつぼ
成熟・激戦の市場で同社が成長し続けているのは、接客の重視、店員の豊富な商品知識、店員の自主性を尊重する社風などによる現場力以外の何物でもない。その現場は飽くなき顧客志向であり、貪欲なまでの販売志向でもある。
同社では週末になると、役員も本社管理部門の社員も揃って店頭に立つ。野口社長が店員に混じり率先して靴を売っているのは有名な話。これも市場のニーズを肌で感じるのが目的だという。
いかに競争優位なビジネスモデルを確立しても、それを生かすのは現場だ。本部が現場を知らず、経営数値などマクロ的なデータの判断だけで全国一律的な統制や改善指導を行っても業績が向上しないのは、直近の外食大手の複数の例でも明らかだ。
あらためて経営における「現場」の重要さが痛感される。
(文=福井晋/フリーライター)