奈良や京都の神社仏閣で油のような液体がまかれた事件は、関東や四国でも被害が広がり、11日までに6つの府県で合わせて27寺社・城の被害が確認されている。被害となった文化財には世界遺産や国宝までもが数多く含まれる。奈良では世界遺産である東大寺の国宝、大仏殿の須弥壇や南大門の金剛力士像、京都では同じく世界遺産の二条城や東寺など、それ以外の地域でも鹿島神宮(茨城)、香取神宮と成田山新勝寺(共に千葉)、三嶋大社(静岡)など、そうそうたる古寺名刹が被害に遭った。
「大切なものをないがしろにする気持ちが(犯行に)あった。憤りを感じる」(鹿島神宮の神職)
まったくその通りで嘆かわしいことだが、「管理者側も、かけがえのないものを守れなかった」と指摘しておかなければならない。何しろ預かっているものは、国宝や世界遺産なのだ。
一部施設では監視カメラが設置されていたので、警察はその映像の分析を進めるというが、セキュリティが不十分な施設も多かった。被害に遭った文化財の多くは宗教施設で、多くの訪問者は「参拝に来る」という、いわば「究極の性善説」を前提にしていたところに悪者が入り込んでしまったのだ。したがって、今回の事件を契機にしてセキュリティに対する意識と需要が加速するだろう。
拡大するセキュリティ市場
他方、時代を先見する企業は、すでに戦略的な展開を始めている。
例えばキヤノンだ。同社は、昨年デンマークのビデオ管理ソフトウェア会社、マイルストーンシステムズ社(本社:コペンハーゲン市)を買収した。監視カメラ事業の強化が狙いと見られる。そして今月8日には、スウェーデンのアクシス社の株式を公開買い付けで76%取得して、同社を傘下に収めると発表した。アクシス社は監視カメラで世界首位のメーカーだ。ソフトとハードの強者2社を買収して、キヤノンはそれぞれの分野で世界トップに躍り出る。特に監視カメラのビジネス・チャンスはこれから膨大なものとなることが予想される。
防犯設備の市場が拡大する一方で、施設や企業をアナログで監視警護する、つまりヒトによる警護も需要が高まっている。ヒトによる監視というと、日本ではアルソックやセコムなどの警備会社が有名だ。中でも業界1位のセコムが急激かつ順調に伸びている。警備員を配置する旧来型の派遣サービスだけではなく、ITなどを駆使した「新時代システム警備」というべき分野でも大きく成長している。
例えば、同社が注力している警備サービスに「セコムNVRシステム」がある。これは企業内での監視カメラと出入管理を組み合わせた警備サービスである。
「工場内に従業員の行動をとらえることができる複数台のカメラを設置したうえで、製造エリアでは手元を大きく映し出すことができる高性能カメラを配置。従業員にはゼッケンを装着させることで個人を容易に識別できるようになり、製造ラインで異物混入などの問題が発生すればすぐに個人を特定できる。また製造エリアには2人以上揃わないと入れないようにしたほか、単独で居残りするとすぐに警報が鳴る仕組みも取り入れた。このようなきめ細かな仕組みが評価され、前期は30の工場に2000台近いカメラを一括導入する顧客を獲得するなど、大型案件の受注が堅調だ」(4月10日付日本経済新聞電子版記事『セコム、工場・外食・塾…広がる監視需要』より)
これらの「企業内監視システム」は、さらに通信によりセコムの「警備監視センター」で一括してモニタリングおよび記録することが可能である。需要は無限といっていいだろう。セコムの株価もうなぎ上りで4月10日の高値8621円は、年初から30%も上げている。
「風が吹けば桶屋が儲かる」。このことわざを投資家は「油がまかれればセコムが儲かる」と言い換えられるかもしれない。しかし、企業側の経営者の立場で見ると、「世相が動けば需要がどうなるか」と考えて備えなければならない。さらに、戦略的経営者ならもう一歩先を読み「世相がこう動くかもしれない、それならこんな手を打って待ち伏せしておこう」とまで考えられなければならない。
戦略的経営者に洞察力と見識が求められるゆえんである。
(文=山田修/経営コンサルタント、MBA経営代表取締役)