TPPは複雑で巨大な管理貿易圏である 一部業界の利益を優先し、国民に高いコスト強いる
今月、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が大筋合意し、メディアでは「巨大な自由貿易圏が誕生する」と歓迎する論調が目立つ。域内でのモノや人材、サービスのやりとりが盛んになり、経済が大きく活性化することが期待できるという。一方で、TPPを批判する側も「自由貿易で日本の農業は壊滅する」などと指摘している。
しかしTPPとは、ほんとうに自由貿易なのだろうか。
TPPを本来の自由貿易のあり方と比較すると、とてもそうはいえない。そもそも自由貿易をやりたければ、多くの国がわざわざ集まり、多国間交渉で協定をつくる必要などない。それぞれの国が一方的に「わが国では貿易は自由とする」と宣言し、関税や輸入規制を縮小・撤廃すれば済む。
ほかの国が自由貿易に反対で、関税や規制をそのままにしているのに、自分の国だけが関税を引き下げたり規制をなくしたりするのは不利だと考えるのは、間違っている。消費者や輸入品を利用する事業者からみれば、他国がどうしようと関係なく、自国が輸入障壁を低くすれば、海外の商品を安く買えるというメリットを享受できる。
イタリアの経済学者パレートは、「もし自由貿易を正しいとみなすなら、貿易協定をつくる理由はなくなる」と述べている。「なぜなら、協定で解決すべき問題がなくなるからだ。各国が商品を国に自由に出入りさせるのだから」。
ところがTPPは周知のように、多くの政府関係者が税金を費やして集まり、協定案をつくった。その内容も、本来の自由貿易ならば上記のように「貿易は自由とする」とシンプルなもので済むはずなのに、複雑極まるものとなっている。関税の引き下げを何年もかけて小刻みに行う、国別の輸入枠を設ける、これまでの輸入枠と別に「TPP枠」を新設する、そのTPP枠を品目ごとに設定する……。新聞などで解説を読んでも、すんなり理解できる人がどれくらいいるだろうか。
一部の業界利益を保護
どうしてこのように複雑な制限だらけの取り決めになったかといえば、消費者や事業者全体の利益ではなく、政治力のある一部の業界の利益を保護するためである。
自由貿易では、国外の誰と取引するかは消費者と企業家に任される。しかし、TPPでは政府の交渉担当者が、親しい利害関係者に有利になるように、それを決める。これは自由主義経済ではない。縁故資本主義と呼ばれるものだ。
しかもTPPは、その交渉過程が国民にいっさい秘密にされた。民主主義の手続き上、大きな問題をはらんでいるといわざるをえない。このような秘密主義は、TPPが政府および政府と親しい一部の事業者に利益を供与するものであることを示唆している。
貿易交渉を政府の手に委ねた時点で、その結果が自由貿易とはほど遠いものになる恐れがあることは明らかである。政府にとって権力は何よりも大切なものだからだ。経済に介入する権力を弱めるのでなく、強めることに結びつかないかぎり、協定に合意するとは考えにくい。
もともと自由とは、個人の行動を政府から妨害されないことを意味する。個人が海外と取引することを政府がさまざまな方法で妨害するTPPは、自由貿易とは呼べない。管理貿易である。「巨大な自由貿易圏が誕生する」ではなく、あまりぱっとしないが、「巨大な管理貿易圏が誕生する」といわなければならない。
別のコストを国民が負担
それでも関税は、何年もかかるにせよ多くの品目で引き下げられるのだから、消費者にとってまったく下がらないよりはましだろうか。残念ながら、そうはいえない。関税が多少下がっても、それと引き換えに、政府が別のコストを国民に負わせる可能性が大きいからである。
TPP交渉の大筋合意を受け、政府はさっそく補助金の増額に動いている。コメは市場から政府備蓄米として買い上げる量を増やすことで米価下落を防ぐほか、畜産では所得補填制度の拡充も見込まれる。小麦や砂糖では生産性向上のための補助金導入も検討する。これらの補助金や事実上の補助金は当然税金で賄われることになるから、関税引き下げのメリットは増税で相殺されてしまう恐れがある。
そもそもTPPにおける日本の輸入関税撤廃率は品目数ベース、貿易額ベースともに95%。高いように見えるが、日本以外の11カ国は品目数、貿易額ともに99~100%で、日本は12カ国でもっとも低い。とくに農林水産品の撤廃率は81%にとどまり、日本以外の11カ国平均の98.5%を大きく下回った。
ところが日本政府は恥じ入るどころか、「関税撤廃の圧力が極めて強かったTPPにおいて、(撤廃を免れた率が)19%という群を抜いて高い結果になっている」(森山裕農相)と胸を張る始末である。一部生産者の保護が最優先で、消費者の利益など二の次に考えているとしかみえない。
「消費者の利益だけではなく、生産者の育成も重要」という意見があるかもしれない。しかし政府の保護は、生産者育成にとってむしろ逆効果である。長年政府の手厚い保護を受けてきた日本の農業で国際競争力の低下が著しいのは、その何よりの証拠といえる。政府から補助金漬けにされ、自力で勝負する努力を怠ったツケである。
TPPは自由貿易ではない。自由貿易に近づく道でもない。TPPが強化されるほど、加盟国の貿易は複雑な国際官僚制の網にきつく締めつけられ、一国の決断による本来の自由化は難しくなるばかりだろう。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)