この報道を受け、前田武志国土交通相は同日の閣議後の会見で、「正式に聞いているわけではない。6月末の株主総会で決まることになっている」と述べるにとどめた。トップシークレットの首脳人事について、”新聞辞令”が先行したことに、高速道路各社は困惑を隠せずにいる。
高速道路各社は2005年10月、旧日本道路公団から株式会社になり、民営化を進めているが、いずれの会社も道半ば。株式は国土交通省など国が半分以上を持ち、残りは道路が走る自治体が持っている。社長の任期は2年。改選期を迎え、さまざまな勢力が動き出した。道路利権の復活を目論む勢力の動きが活発だが、今回は経済同友会と経団連の主導権争いが複雑にからんでいる。国交省の思惑もあって、一段と生臭さが目立っているのだ。
国交省が交代の方針を決めたとされるのは、東日本高速の佐藤龍雄会長兼社長(65、元昭和電工専務)、西日本高速の西村英俊会長兼社長(70、元双日ホールディングス社長)、首都高速の橋本圭一郎会長兼社長(60、前フィッチ・レーティングス日本法人最高経営責任者)と阪神高速の大橋光博会長兼社長(69、元西京銀行頭取)の4人である。
中日本高速は経営改善が比較的うまく行き、金子剛一会長兼社長(68、元住友スリーエム副社長)の交代はなし。本州四国連絡高速は西日本高速への合併が検討されており、伊藤周雄社長(72、元東洋紡績専務)の交代は見送られる模様だ。
経団連外しを狙った前回の社長人事
人事権は過半数の株式を保有する政府が握る。民主党の菅直人政権は官僚の「天下り廃止」を掲げ、当時の前原誠司・国交相のもとで国交省出身だった社長を全員辞めさせた。そのうえで10年6月、6社の社長すべてに民間企業の出身者を起用した。
この人事に関して、経団連には一言の相談もなく、橋渡しをしたのは牛尾治朗・経済同友会終身幹事(81、ウシオ電機会長)だった。牛尾氏は小泉純一郎首相(当時)の下で、経済財政諮問会議民間議員を務めた人物。重厚長大型企業が支配する財界本流からすれば、牛尾氏は傍流であり、異端といわれてきた。
牛尾氏が民主党政権と太いパイプを持つのは、土光敏夫、中山素平という財界の2大巨頭と一緒に松下幸之助翁を助けて松下政経塾を立ち上げ、牛尾氏が初代の副塾長を務めたからだ。松下政経塾出身の議員は民主党に圧倒的に多い。野田佳彦首相は1期生、玄葉光一郎外相は8期生、前原誠司民主党政調会長も8期生。現在の政権中枢に門下生がズラリと並ぶ。前原国交相(当時)から高速道路会社の人事の相談を受けた牛尾氏は、経済同友会の事務方がつくった候補者リストを手渡した。同友会で個別部会の委員長などを務めた人物が名簿にリストアップされたという。
「経済同友会は、本当に人材不足なんですね」
くやしまぎれに経団連の幹部は、この時、この人事をこうあざ笑ったという。客観的に見ても、この人選には首を傾げる財界人&経済人は少なくなかった。リーダーの器とは、とても思えない人が少なからずいたからだ。
なかでも首都高速社長の橋本圭一郎氏は特異な経歴の持ち主だ。一橋大学商学部卒。三菱自動車が独ダイムラー・クライスラーの主導で経営再建を進めていた03年、東京三菱銀行国際業務部長だった橋本氏は、”一本釣り”されて、三菱自動車のCFO(最高財務責任者)に転身。しかし、ダイムラーが支援を打ち切り、再建の主役が三菱グループに替わった際に退任。その後も「ゲーム機のセガサミーホールディングスを経て、格付け会社のフィッチ・レーティングス日本法人の最高経営責任者(CEO)に就いたが、経営手腕を認めてもらえず、最後は総務部の面倒しかみていなかった」(東京三菱銀行で机を並べた元バンカーの話)。
「古巣の三菱東京UFJ銀行も困り果て、再就職先を探した。広告会社のアサツーディ・ケイの最高財務責任者(CFO)に押し込もうとしたが、アサツーがこれを拒否。アサツーの顧問として悶々としているところへ、首都高の社長の話が舞い込んできた。三菱東京も本人も渡りに舟(で大歓迎)だった」。旧三菱財閥系の金融関係者はこう証言する。
西日本高速社長の西村英俊氏は、九州大学経済学部卒で日商岩井(現双日)の社長。日商岩井とニチメンが経営統合した双日ホールディングスの社長に就いたが、追加の金融支援を受けた05年に経営責任を取って辞任した。
さらに阪神高速社長の大橋光博氏は、ライブドア事件がらみでミソをつけた。京都大学経済学部卒。日本銀行広島支店長から山口県の第2地銀、西京銀行(非上場)頭取に天下り。国内初の女性副頭取を起用したり、ライブドアと共同でインターネット銀行を設立する構想をぶち上げたりしたが、ライブドア経営陣の逮捕によって提携は解消。この責任を取って06年に頭取を辞任した。
結局、民主党政権の民間人脈の薄さを露呈したのが、当時の高速道路会社のトップ人事だったといえる。あれから2年。社長交代の時期を迎え、前回、メンツを完全に潰された経団連と国交省はリベンジに燃えている。
国交省は今回の社長の人選を、経団連を中心に進めている。経団連は「B級の経済団体」扱いをしてきた同友会から、人事権を取り戻す絶好のチャンスと捉えている。
そして、標的は東日本高速の佐藤龍雄社長のようなのだ。慶應義塾大学経済学部卒で、昭和電工の元専務。朝日は「(国交省は)特に東日本高速の経営のあり方に問題があるとみている。取締役と執行役員を合わせた役員数が昨年の12人から今年4月までに23人にほぼ倍増し、役員報酬の総額も倍増した」と名指しで批判している。
「東日本大震災を機に道路などの公共工事予算も増えてきた。関心の薄かった高速道路各社のトップ人事に熱い視線が注がれるのは道路利権を取り戻すチャンスと考えているからだ」(永田町筋)。
国交省=経団連vs.民主党(官邸)=同友会の主導権争いの様相を呈してきた。
(文=編集部)