数多くの大企業のコンサルティングを手掛ける一方、どんなに複雑で難しいビジネス課題も、メカニズムを分解し単純化して説明できる特殊能力を生かして、「日経トレンディネット」の連載など、幅広いメディアで活動する鈴木貴博氏。そんな鈴木氏が、話題のニュースやトレンドなどの“仕組み”を、わかりやすく解説します。
私が20代の終わりごろに実際にあった話。当時勤務していたコンサルティングファームのパートナー(共同経営者)の個室に呼び出され、奇妙なミッション(任務)を命じられることになった。
「ある有名企業の経営者への贈り物を選んでくれ」というのが、そのミッション。
「ただし」と、そのパートナーが私に命じたことは、
「値段は10万円以上だけれども、眼力がない人には2万円以下にしか見えないものを選んでもらいたい。2年ぐらい使っているうちに、その良さがしみじみわかるようなものを選んでくれ」
と言うのである。
話を聞きながら、私にもそのパートナーの意図がだんだんと読めてきた。彼が贈り物を届けようとしている相手は、一代で自分の会社を大企業へと育て上げたオーナー経営者。そして当時、そのパートナーとはウマが合うというか、仲のよい財界人のひとりであった。
会社を上場させ、数百億円の個人資産を持つその経営者に対して、私の上司のパートナーがふとした場面で苦言を呈したことがある。
お金の使い方が下手だというのだ。
その経営者は「バリュー・フォー・マネー」が口癖で、部下に対して「対価に見合った価格を支払うように」と厳しく指導していた。ところがパートナーである彼の目からは、結果として部下たちは安物買いの投資に走って、会社に損をもたらしているというのだ。
本当にいい仕事をしている製品やサービスを選び、それに高いバリューがあるのであれば、たとえ金額が高くても、それに見合った対価を投資できるような企業に育ってほしい。その教訓となるような贈り物を贈りたい。あとはお前が考えておけ。とまあ、彼はそう考えて、私に対して奇妙な任務を命じたのである。
贈り物で部下を評価?
実はこのミッションには、もうひとつ裏がある。証拠はないが、絶対あると確信している。それは私が何を選ぶかで、私のことも評価しようとしているはずなのだ。
これまでも何度か、酒の席でパートナーである彼が、「誰々にこんなことを頼んだら、こんな結果になった」と言っては、「あいつはそういうところがまだだめだ」と断じてみたり、逆に「あいつは実はすごいやつだぞ」と周囲に語る場面をよく目にしている。
つまりこの条件で、私が一体何をどこでどう買ってくるのかについても、試そうとしているのである。
さらに裏読みをすれば、彼の私に対する評価も「安物買いの欠点がある」というものだったのではないか。
当時も今も、私は格安セレブを標ぼうしていて、それほどお金をかけずに素晴らしい商品やサービスを手に入れることを得意としている。少なくとも私はそう思っている。ところがコンサルティングファームの東京事務所の共同経営者として、真のセレブ生活を送っている彼から見れば、20代の私が手を出すような贅沢は、レベルが低いと内心苦々しく思っていたはずだ。
まあ実際、そういう失敗を彼の前でしたことが一度あるので、身から出た錆ともいえるが、きっとそういう意図が彼にはあったはずだ。
というわけでこの奇妙なミッションは、私にとっても少々本腰を入れて取り組まなければ、足元をすくわれる任務でもあったのだ。
望ましい展開
そのような背景から、私はこの任務に結構真剣に取り組んだ。>
(1)この任務を依頼してきたパートナーにとって、どのような結果が求められるのか?
(2)そのためには、どのような贈り物を選ぶのが得策か?
(3)そして、それはどこに売っているのか?
戦略コンサルタントらしく、私はこの順序で問題に取り掛かることにした。たぶん彼にとって、この経営者とはこれから十数年のつきあいになるだろう。4〜6年で改選期になるサラリーマン経営者と違い、オーナー経営者としての彼の時代は長く、パートナー氏もその間は現役として活躍するだろうから。
とすれば贈り物をした直後に、
「あれ、どうでした」
などという展開には絶対にならない。パートナーにとって望ましいシナリオとは、その贈り物をオーナー経営者が気に入って使い始める。そして2年後、例えば海外出張に彼とオーナー経営者が一緒に出掛けたときに、ふとその贈り物を経営者がまだ使っていることに気づく。
「物持ちがいいですね」
「ああ、君の贈り物はつくりが頑丈だね。デザインもいいし」
「それはそうでしょう、この商品はですね……」
といった展開こそが最も好ましい。
数年後に炸裂する時限爆弾。そんな品物とはなんだろう?
ゾーリンゲンの鼻毛ばさみなどいいかと最初は思ったが、ゾーリンゲンというブランドを目にしたとたん、価格はすぐに調べられてしまう。もっと無名のブランドでなければだめだ。
いくつかの候補の中から最終的に私が選んだのは、メガネケース。正確には、その経営者が持ち歩ける革製の老眼鏡ケースだった。
それを選ぶために、銀座の老舗のお店をいくつか回り、最終的には和光で12万円ほどのメガネケースを発見した。開いたり閉じたりする可動部のある製品で、そこが一番傷みそうなのだが、そうならないようにケースの内側は三重張り。可動部の蝶番も優雅な曲線のスエード革で隠されている。
色の好みは、その経営者の秘書に確認済み。名前を聞いたことのない無名の職人さんの手づくりの、シンプルで機能的なデザイン。そして、まさかメガネケースが12万だとは誰も思わないだろう。
その後、この時限爆弾がオーナー経営者に対してどう使われたのかはわからない。わかる必要もないと思っている。少なくともこの奇妙なミッションについて、私を評価するというパートナーの裏の狙いのほうは、このメガネケースを見つけそれを選んだ理由を彼に伝えた時点で達成され、私は“罠”を回避できた。そしてその時点で、私にとっては過去の話になったのである。
(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)