市は3年間で370億3000万円の予算を組み、民間企業の保育所事業への参入を積極的に進めた。増やした認可保育所144カ所のうち、79カ所は企業が経営する保育所だ。成長戦略として待機児童解消プランを掲げる自民党安倍晋三政権も、企業参入を推進する「横浜方式」を積極的に取り入れたいとしている。首相は4月、17年までの5年で保育所定員を40万人増やし「待機児童ゼロ」とすると表明した。政府は、認可保育所への参入を希望する株式会社やNPO法人などを公平に扱うよう都道府県に通知し、毎年、参入状況を調査することなどが6月14日に閣議決定される見通しだ。
保育事業に熱心なのは鉄道会社で、待機児童が多い首都圏では、すべての鉄道会社が保育事業に参入している。最も早く乗り出したのはJR東日本で、埼京線を「子育て応援路線」と位置付け、1996年から駅型保育所を開設してきた。私鉄では早くから東急電鉄が社会福祉法人などと組み、積極的に保育所を開設してきた。08年には子会社・キッズベースキャンプを設立して学童保育事業にも参入。今年4月1日に溝の口や武蔵小杉など5カ所にもオープンし、現在、全部で20カ所の施設がある。送迎サービスも行っている。
その他の私鉄の取り組みとしては、京急グループでは子会社の京急サービスが「京急キッズランド」を沿線の6カ所で運営している。京王グループでは子会社の京王子育てサポートが「京王キッズプラッツ」という保育所を6カ所で運営している。小田急グループは2000年から保育事業と介護事業をスタートさせ、06年に小田急ライフアソシエが専業の子会社として設立された。現在、9カ所の保育所を運営している。
参入が比較的遅かったのは東武鉄道と西武鉄道で、東武は12年4月の開設が初めて。今年4月には、東武東上線若葉駅と野田線江戸川台駅に、駅ナカ・駅チカ保育園をオープンした。西武は子育て応援プロジェクトとして「Nicot」という駅チカ保育所を沿線の6カ所に展開中。西武グループで沿線開発を行っている西武プロパティーズが保育事業を担っており、広報担当者は次のように話す。
「保育事業による沿線人口の増加といった具体的な効果は、今のところまだありませんが、子育て支援のイメージが定着すれば沿線の付加価値アップにもつながり、マンション購入のモチベーションも期待できます。保育所は15年度までに10カ所程度まで増やす計画です」
狙いは沿線居住者の増加
なぜ、鉄道会社はこれほど保育事業に熱心なのか?
理由は少子高齢化の影響だ。今後人口が減れば、電車を利用する人が減る。とくに朝夕の通勤での利用者減は致命的だ。そこで、少しでも電車利用者や沿線に住む人を増やすためには、乗りやすい電車にしていくと同時に、暮らしやすい沿線づくりをする必要があるというわけだ。子どもを預けて働く親にとって、保育園への送迎時間はできるだけ短縮したいところであり、駅型保育園のニーズは大きいものがある。
規制緩和も追い風になっている。かつて認可保育所の設置者は、市町村か社会福祉法人に限られていたが、2000年には株式会社やNPOにも開放され、定員や資産の条件も緩められた。その後、市町村の財政難で公立保育園の民間委託が進み、政府は民間企業が設置した保育施設にも、公的補助を出す方針を示している。
昨年4月には市町村が認可条件を自由に決められることとなり、受け入れる子どもの定員や職員配置、最低面積の基準を引き下げる自治体が増えた。市町村によっては、ビル内の手狭なスペースでの小規模保育所開設も認可されるようになった。
日本政策投資銀行によれば、保育施設等の市場規模は10年には3兆円だったが、92.3%の保育施設等充足率と73%の女性就業率が達成されれば、20年には4.9兆円に市場拡大するという。併せて、約87万人分の女性労働力の増加と、周辺ビジネスへの波及効果が見込まれるとしている。また、矢野経済研究所によると、私立保育園などを運営する社会福祉法人を含めた民間の保育所・託児所市場は、05年の2975億円から右肩上がりに増加しており、13年度は5700億円規模に拡大する見通しだ。
アベノミクスによって子育て支援サービス市場がどのような広がりを見せるか注目される。
(文=横山渉/ジャーナリスト)