AKBライブ放送で総選挙?川田十夢が切り拓くARの可能性と未来とは?
【今回の番組】
9月29日放送『情熱大陸~AR三兄弟・川田十夢がおくる「未来のテレビ」』(TBS系)
2013年9月29日、22時を過ぎた頃、iPhoneで『情熱大陸』のアプリケーションをダウンロードした。僕はこんなことで「おお! いつもと違うぞ」と感じてしまう。放送まであと一時間ちょっと。久々にテレビの前でワクワクしていた。
今回『情熱大陸』で取り上げられたのは、AR三兄弟(ALTERNATIVE DESIGN++所属の開発者3人組)の川田十夢。テレビ雑誌「テレビブロス」(東京ニュース通信社)でも紹介されていたから、人となりは知っている。
AR(Augmented Reality)とは日本語に訳すと拡張現実。例えば、雑誌をwebカメラやスマホにかざすことでヴァーチャル映像が見えたり、CDの歌詞カードに動画を隠しておいたり。現実世界と仮想の情報とを融合させて、現実の延長に別の世界をつくり出す。強化現実ともいう。
番組では、配送用の段ボールに、ダンスを踊るキャラクターを仕込むというプレゼンがされていた。だが、こう書いていても、僕には仕掛けがわからない。ダウンロードで一喜一憂するほどの機械オンチなので。でもなんだか楽しそうな道具だということはよくわかる。プレゼンを受けた社長は、スマートフォン(スマホ)をかざすと段ボールがステージに変わるさまをとても喜んでいた。
番組の冒頭に紹介されていた、画面上に自分の顔が現れて目からビームが放たれ、現実の物体に当てるゲームでは、場内が爆笑に包まれていた。散々楽しんだ挙げ句「で、どうなってるの?」という疑問も浮かぶのだが、まずは興奮させられる。この様子が実に面白い。AR三兄弟のロゴも含め、なんだか懐かしい感じさえする。ドットの粗い文字がファミコン(ファミリーコンピュータ/任天堂・1983年発売)以前のコンピューターを想像してしまうのだ。最近の洗礼された丸っこいデザインではなくて、80年代の雰囲気。この「目からビーム」も、いうなれば縁日の射的だ。川田氏が目指しているのは、きっと彼が子供の頃に想像した未来を形にすることではないか? そんな気がした。
「どこでもドアと通り抜けフープはつくれると思ってますね」と語る彼は、やはり同世代だった。76年生まれだから、もろにファミコン世代。でも「皆ファミコンをしに帰っちゃうから、僕のほうが面白いという意識はありましたね」と語る。漫画はきっと『キン肉マン』(ゆでたまご/集英社)に『おぼっちゃまくん』(小林よしのり/小学館)を読んでいたんじゃないかしら。川田氏の質素な本棚には『ジョジョの奇妙な冒険』(荒木飛呂彦/集英社)しか見当たらなかったけど、「週刊少年ジャンプ」(集英社)の全盛期世代のはず。
母親によれば、プラモデルをつくっても説明書通りではなく、勝手に組み替えてしまうような子供だったらしい。そしてそれを褒めた、と。規定外な発想は、この頃から生まれたに違いない。僕が面白いと思ったのは、まったく新しいモノを発想するのではなく、まずそこにあるモノを利用する、ということ。CDにしても、歌詞カードという購入者が慣れ親しんだものに仕掛けをすることで、新しい視点をつくってしまう。
角度を変えた視点で、まったく新しい世界を見せる川田氏
今回の『情熱大陸』の放送も、アプリケーションと連動させることで、いつもと違った放送時間を提供していた。まるで今まで隠れて見えなかった層を教えてくれたような気がする。ちょっと視点を変えることで、世界は十分変わって見えるのだ。漠然とした未来ではなく、斜めから見ることで発見する新しい現在。そして、そんな考え方こそ、今は必要なんじゃないか、と僕は思う。
AKB48のライブを放送し、アプリケーションを通して総選挙をするというのが、今回の放送のメインだった。この開発に半年弱の期間をかけた川田氏と番組スタッフは「未来のテレビ」と告知していた。テレビの16分割された画面に、それぞれに1人ずつメンバーが映し出される。そこでスマホのアプリを起動させ、同じような16分割された画面から見たいメンバーを選択すると、その情報が集められ、まるで選挙速報のように順位が決まる。
だが、僕のiPhoneでは何度も中断され、放送中に選挙に参加することができなかった。宮澤佐江さんは8位まで残っていたけれど、僕の1票を届けられず悔しい。何度もアプリケーションを起動させようと頑張ったがダメだった。
また、スマホを通して、画面の角度を変えて放送を見ることができたそうだが、これも僕のiPhoneではダメだった。……悔しい。放送の最後には「アクセスが集中しており、一部ユーザーがつながりにくくなっております」とお詫びもあったが、仕方ない。こうしてワクワクした気持ちで放送を待てただけでもよしとしよう。
こんな話を思い出した。ある映画製作者は30年ほど前、3D番組が放送されることになった時、一個100円でアナグリフ(赤青)のメガネを購入して放送を心待ちにしたが、実際にはまともに飛び出す映像は見られなかったそうだ。しかし、彼は現在、日本の3D映画の第一人者となっている。そしてこの放送は「飛び出さなかった」からこそ覚えている、と。
きっと今回の『情熱大陸』に、がっかりした子供も多いことだろう。しかし3D映画が普及したように、ARを利用したテレビ放送も、いつか当たり前になっているかもしれない。今回「見られなかった」子供のうちの何人かが、きっとこの経験を「いつかは僕が」と思うだろうから。
(文=松江哲明/映画監督)