欧州中央銀行(ECB)は3月の理事会で金融政策の現状維持を決めた。主要リファイナンス・オペ金利は4.5%のままで4回連続の据え置きとなった。公表されたECBスタッフの経済見通しによれば、24年のGDP成長率は前回12月時点の0.8%から今回は0.6%に引き下げられたが、25年のGDP成長率は1.5%、26年は1.6%と堅調を予想している。一方、24年のインフレ率は前回の2.7%から2.3%に下方修正され、その後は25年2.1%、26年2.0%とインフレ目標が実現する理想的なシナリオを想定している。この見通しに基づき、ラガルドECB総裁は「2%インフレ目標に向かって前進している」と自信を深めており、6月の理事会での利下げを仄めかしている。
しかし、このECBの見方は景気、インフレともに楽観的過ぎるように思われる。欧州景気の弱さは循環的というよりはウクライナ戦争によるエネルギーショックと重要な輸出先である中国経済の不振に根ざした構造的性格が強く、景気低迷が長期化するリスクがあるからだ。よって賃上げを吸収する企業収益の改善には悲観的な見方も多く、賃上げと労働条件の改善を要求する労働争議の先鋭化からECBが描く2%インフレが実現できるのかどうか不透明だ。
ユーロ圏の23年のGDP成長率は+0.5%だったが、毎四半期の前期比を見ると23年1〜3月期+0.1%、4〜6月期+0.1%、7〜9月期▲0.1%、10〜12月期0.0%と完全に横ばい推移となっている。このユーロ圏景気の足を引っ張っているのが欧州第一の経済大国ドイツである。23年のドイツのGDP成長率は▲0.3%のマイナス成長を記録したが、それはウクライナ戦争と中国景気の悪化が原因である。ロシアが欧州向けロシア産ガスパイプライン「ノルドストリーム」を遮断した結果、エネルギー不足に直面したドイツは市場で天然ガスを高値で買い漁った。
その結果、ドイツ国内のガス料金と電気料金が2倍に引き上げられ、企業や消費者は大きな打撃を被ることになった。今年2月時点でもコアインフレ率はまだ3.1%と2%インフレ目標を依然として大きく上回っている。一方、加速するインフレに賃金の伸びが追いつかず、23年の個人消費は▲0.7%のマイナスを記録した。エネルギー価格だけでなく、エネルギー供給不足という将来不安はドイツ企業にとって大きな重石となっており、23年の企業設備投資の伸びは▲0.7%とマイナスを記録したが、安価で豊富なロシア産天然ガスをバックとしたドイツの産業立地の優位性が大きく損なわれたことの意味合いは大きい。
更に輸出は▲2.2%のマイナスと弱い。ドイツ商品の輸出先として期待していた中国経済の不振が影響しているからだ。具体的には不動産バブルの崩壊、米中貿易戦争による貿易量の減少、共同富裕など起業家の意欲を削ぐ政策などが個人消費や民間投資の落ち込みを招いている。結局、ロシア産天然ガスを使って生産した競争力のある製品を巨大市場中国に輸出するというドイツ成長モデルは崩壊してしまった。このようにドイツ経済は構造問題を抱えており、企業収益の改善も多くは期待できない。
一方、ウクライナ戦争の影響によるインフレ加速を受けて、欧州では暫く沈静化していた労働組合運動が激しくなってきている。既に昨年春から賃上げや待遇改善を巡って、地方公共団体、公共交通機関、教職員組合などでストが頻発している。このようにECBの期待とは裏腹に欧州景気の長期停滞と高インフレの組み合わせ、即ちスタグフレーションのリスクが高まっている。ユーロペシミズムの再来も懸念される欧州経済の将来は楽観を許さないものがある。
(文=中島精也/福井県立大学客員教授)