●製薬業界で横行する「スピン」
この問題は、氷山の一角だと業界関係者は口を揃える。
「特に2000年以降、エビデンスが重要な宣伝材料と目されるようになってから、大手製薬会社はこぞって大金を投じて大規模な臨床研究を企画し、エビデンス作りに励むようになった。その多くがスポンサー企業の製品に有利な結果となっているのが実態だ」
エビデンスとは「エビデンス・ベースド・メディスン(EBM evidence-based medicine)」を指し、EBMとは臨床試験データや疫学データを用い、客観的で統計学的な根拠に基づいた治療を行おうという医療のあり方を示す概念のこと。90年代半ば以降、急速に世界中の医学界に浸透している。エビデンスは、実際には製薬会社が宣伝する試験データにすぎない。
その方法はこうだ。
「まず、影響力のある著名な大物医師を口説いて“医師主導”の大規模臨床研究を提案。その試験の結果、自社製品に少しでも有利なデータが出ると、それを学会の大きな目玉として著名医師に発表させた後、大絶賛し、それをエビデンスと称して大々的な販売促進活動に利用するのだ」
期待通りの結果が出ない場合でも、「その場合、いかに試験データをよく見せるかが課題となる。そこで、心肥大や糖尿病の予防効果など副次的な評価項目でよい部分を取り出す。あるいは後からコンピュータを駆使して自社製品に有利な部分を探し出すなど、統計的手法で工夫を凝らす」。こうしたやり方は製薬業界では「スピン」と呼び、武田薬品のやり方は「スピンの典型」と指摘されている。
武田薬品の問題では、「データ管理と解析を行った京都大学EBMセンターでは、ほとんど業務を行っておらず、主な業務や計画は武田薬品の社員に丸投げし」ていたとの疑惑も浮上している。
大々的な販売促進活動は、MR(医療情報担当者)が行う。なかでも、武田薬品のMRは業界最強といわれ、巧みなトークと接待で売りまくり、ナンバー1に上り詰めたのだ。
●信頼揺らぐ製薬会社と医学部
しかし、その裏には焦りもあったのだろう。特集記事『相次ぐ特許切れで業績急降下 王者・武田はなぜ躓いたのか』によれば、武田薬品の12年度営業利益は前年度比で53.8%減となったという。09年度から始まっている業績の急降下は、米国での特許が次々と切れ、同じ成分で価格が安いジェネリック医薬品(後発品)に席巻され、業績が急落する「パテントクリフ(特許の崖)」に陥ったためだ。
生活習慣病市場ではニーズが満たされ、「研究開発の中心はがんや精神・神経疾患などの開発が難しい領域へとシフト」している。「審査当局による新薬承認のハードルも高くなり、途中で開発を断念するケースが以前より増した」のだという。
今回の特集は、クスリ特集のはずが、不正論文の特集になってしまったようだ。特集コラム『STAP細胞騒動で露呈した 早大博士論文審査の手抜き』では、「『未熟な研究者』に博士の学位を与えてしまった早稲田大学の学位論文の審査体制」に疑問を寄せている。
「STAP細胞論文の疑惑から飛び火し、博士論文の信頼性に疑惑の目が向けられている。普段はほとんど人目に触れない博士論文だが、『全国で調査すれば製薬会社との関係が深い医学博士の学位論文が一番危うい』」という。
すでに、岡山大学医学部では、博士論文の不正疑惑の内部告発が行われ、追及する報道も始まっている。医学部といえば激しい派閥争いがつきもの、この流れに乗じて内部告発が急増するかもしれない。
論文不正に効くクスリはあるのだろうか?
(文=松井克明/CFP)