しかし、日本山岳会の「山の日」制定プロジェクトリーダー、萩原浩司氏によると、「『山の日』祝日制定は、急に決まったことではないのです。09年秋に『山の日』制定プロジェクトを日本山岳会で立ち上げました。それが原点となっています」という。
10年4月、「山の日」制定プロジェクトは、山岳5団体(日本山岳会、日本山岳協会、日本勤労者山岳連盟、日本山岳ガイド協会、日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト)による「『山の日』制定協議会」へと拡大した。
「運動の手始めとして『山を考える』というパンフレットを制作し配布しました。このパンフレットは、『日本に山はいくつあるでしょうか?』『槍ヶ岳を登った有名な作家は誰でしょうか?』など、『山の常識三択クイズ』というエンタメコンテンツで、山に関心を持ってもらうためのものです。その中で今回の法案の骨格となった『山の日』の趣旨が紹介されています。このパンフレットは好評で、初版の10万部はすぐに在庫がなくなり、その後2年間で4回、計50万部を発行しました。これによって、国民の皆さんへの広報活動が展開できました」(同)
そんな「山の日」制定運動の最中に、東日本大震災が起きた。
「実は11年4月に東京霞が関の議員宿舎でチラシを配布して、議員会館に陳情に行こうと計画していたのですが、震災で立ち消えになってしまいました。順調にいっていた中でのつまずきにショックを受けましたが、趣旨から見つめ直す、いいきっかけになりました。そこで、もう一度体制を立て直して地方を回り、13年10月3日に、環境、文部科学、国土交通、林野、観光といった省庁のほか、地方自治体、環境保全団体、超党派の国会議員が参加した『~みんなで山を考えよう~「山の日」ネットワーク東京会議』を開催したのです」(同)
しかし、その会議で採択された「山の日」は、8月11日ではなかったという。
「『東京会議』では、夏山シーズン前の6月第一日曜日を全国一斉の『山の日』にしようと決議しました。6月第一日曜日は山が緑に輝いて、山開きが各地で行われる日です。しかし、会議の後発足した超党派国会議員連盟の案で、企業からの要請もあって8月のお盆の時期に『山の日』を制定することになりました。『お盆で故郷に帰って、地元の山を見つめ直すいい機会になるし、子どもとのふれあいの時間をつくるために、子どもの夏休み期間中に休日を増やすのが一番いいのではないか』と国会議員の方々はおっしゃっていました」(同)
2年後でないと困る業界も
「山の日」制定法案では16年から施行となっている。それは、祝日が直接ビジネスに影響してくる業界からの陳情があるからだ。
全国の団扇(うちわ)、扇子(せんす)、カレンダーのメーカーおよび専門販売店260社余りが会員となっているという全国団扇扇子カレンダー協議会(全協)の事務局・松原順氏は次のように語る。
「全協は、ある意味中小企業の集まりなのですが、カレンダーに関しては1年以上かけてコツコツと卓上や壁掛け、日めくりなど1800種類も各社がつくりこんでいく、そのお手伝いをしています。新たな祝日が制定された場合、すべてのカレンダーに正確に反映させるために十分な準備期間が必要なのです。今回の2年後に施行というのは、結構ぎりぎりのタイミングなのです」
松原氏は、このように祝日制定を2年後にこだわるのは、カレンダー業界の過去の苦い経験があるからだという。
「00年に、4月29日を『みどりの日』から『昭和の日』、5月4日を『国民の休日』から『みどりの日』と変更する祝日法改正案が通常国会に提出されたのですが、当時の森喜朗首相が『神の国』発言をしたことで民主党など野党が強く反発し、与党からも慎重審議を求める声が強まり、廃案に追い込まれたことがありました。その時、法案が通過すると想定していた業界は、振り回される結果となりました。最近のカレンダーは、前後の月をカレンダーの端に入れているものも多いので、祝日が1日増えると、1枚差し替えするだけでは済まないんです。また、情報が入り混じってしまうと、消費者は当然正しいものが欲しいとなりますので、商品そのものの差し替えをしなければならなくなるなど、大混乱が起きてしまうのです」
ちなみに、全協では、毎年3月末から4月にかけて、1800種類のカレンダーを並べた展示会を開催している。
「政治家の方からは『秋頃からつくるんでしょう?』などと言われるのですが、翌年のカレンダーは、3月にはでき上がっているんです。ですから、15年から施行だと、私たちのつくったカレンダーは、全部ゴミになってしまうのです。2年後の施行で本当にほっとしています」
「山の日」制定によって、「山ガール」がさらに増殖する?
前出の「東京会議」の後、「『山の日』制定協議会」は、山岳5団体の代表が呼びかけ人となって、「全国『山の日』制定協議会」へと拡大した。超党派議員連盟の代表、地方自治体の首長有志、経済界の賛同者、学者・有識者が加わり、8月11日を「山の日」と定める祝日法改正案が国会に提出された。今国会中に成立すると、その後はどのような運動をすることが決まっているのだろうか?
「全国『山の日』制定協議会」事務局長の磯野剛太氏に話を聞いた。
「『山の日』は、あくまでシンボルです。日本は海と山の国なので、山を通じて環境や資源の問題、森林、水の問題から各種スポーツ、レジャーまで含めて、全体的に山について盛り上げるような運動をしていきます。それとともに、山が抱える重要な問題、森林の荒廃や水資源の確保、東北の除染についても取り組んでいきます。
また、最近はタレントがヒマラヤ登山を行ったりしますが、そういった方たちにお願いしてアピールしていくことも含め、これから芸能人やアスリートの皆さんに声をかけていきます。一方、すでにICI石井スポーツや好日山荘、モンベルなど登山用品の販売店やメーカー各社が協議会の会員になっています。今後、イベントなどを共催できればと考えています」
ところで、「山の日」を制定することによって、どのくらい経済に影響があるのだろうか?毎年3月に「スポーツ産業白書」を発刊している矢野経済研究所のファッション・スポーツ、リテールグループ・家中茂稔氏は、次のようにその経済効果に期待を寄せる。
「『スポーツ産業白書』の中のアウトドア用品市場は、08年以降一貫して1ケタ後半近くの割合で伸びてきています。これは09年以降メディアで『山ガール』が注目されたように、登山やキャンプに参加する若い女性が増えてきた影響があると思います。登山は、一度経験するとリピーターになる人が多いです。東京近郊であれば、ピクニックもできる高尾山に登った後、もうちょっと遠い所、高い山へ登りたくなるものなのです。そうすると装備も本格化していきます。そして買い増し、買い替え需要が生まれてきます。このように新規参加者が増えています。そこに『山の日』が制定され、イベントやセールが増えてくると、これまで以上に初心者が増えてくるでしょう。山登りの道具は、『安かろう、悪かろう』では命にかかわるので、品質の良い物を求める傾向にあり、マーケットの底支えをしてくれると思います」
「海の日」「山の日」が制定されたことで、「空の日」が制定される予定はないのか気になるところだが、調べてみると、すでにあるらしいことがわかった。国土交通省航空局のホームページによると、1940年に制定された「航空日」が始まりとなり、92年に9月20日を「空の日」とし「空の旬間」(9月20日から30日)が設けられ、この期間には、全国各地の空港等で航空に関するさまざまな催し物が開催されているという。いつの日か、「空の日」も国民の祝日となるだろうか。
(文=大坪和博)