「週刊ダイヤモンド」(ダイヤモンド社/8月9・16日号)は『最強のテーマパーク』という特集を組んでいる。東の優等生東京ディズニーリゾートと西の商売人ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)を比較した特集だ。その特集の中で『世界観創造の舞台裏に潜入 ディズニー流人材教育の全て』という記事がある。
「アルバイトが9割のディズニーはなぜレベルの高いサービスを提供できるのか。ディズニー哲学をたたき込む教育制度と、モチベーションを高く保つための“褒め合う仕組み”があった」として、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランド本社内にある研修施設「ディズニー・ユニバーシティ」で全てのキャスト(従業員)が最初に受ける導入研修を紹介している。
「ディズニーの世界観を紹介し、見事なほどにキャストに刷り込んでいくのだ。パークは『青空を背景にした巨大なステージ』で客(ゲスト)を魅了する役者になるのが、キャストの仕事。単純に業務をこなすのはNGで、全ての職種においてショーを演じるのだ」(同記事より)
同記事は、ここからホスピタリティあふれるキャストが誕生するとしているが、実際はこの研修がキャストとしてのスタートであると同時に、ディズニーリゾートの現実に直面し落胆するスタートになるという。
元キャストが語る内部事情
ディズニーリゾートの知られざる実態を語るのは、オリエンタルランドユニオンだ。オリエンタルランドユニオンとは、オリエンタルランドから今年3月~4月に解雇された従業員たちが結成した労働組合で、現在、オリエンタルランドに対し、労働環境の改善を要望している。
「キャストはバックステージ(パーク外の関係者専用エリア)を走る園内バスを使って移動することが多いのです。このバスに研修を終えたばかりの新人が乗ってくると、すぐにわかります。彼らはディズニー仕様に装飾されたバスに感動していますし、何より希望にあふれています。しかし、数週間後には他のキャストと同様に、リーダーや先輩キャスト、ゲストの悪口を仲間と言い合うようになるのです」(オリエンタルランドユニオン)
というのも、ディズニーリゾートはオペレーションの多くを準社員(アルバイトなど臨時雇用者)が行っている。大きな権限を与えられた準社員のリーダーの下、ある種の力関係のヒエラルキーの中で働かざるを得ないために不満が募る。パワハラも多く、園内バスや食堂では不満の声ばかりが飛び交っているという。
また、マスコミで紹介されるディズニー流人材教育には、「ディズニー・ユニバーシティ」での導入研修とともに、サンクスデーがある。これは、1年に1度、東京ディズニーリゾートで働く準社員のためだけに閉園後のパークを貸し切り、上司である役員や社員がキャストとなり、準社員をゲストとして迎えるというものだ。
「パーク内を自由に遊べるなどとされていますが、開放されているのはシンデレラ城周辺のごく一部で、数時間のみ。正社員がキャストを務めるといっても、普段の業務とはまったく異なりますから、準社員のなかには、そのサポートとして通常の業務を行わざるを得ない準社員もいます。このイベントは、働きやすい環境だとマスコミを通じて若者にアピールするイメージアップ戦略にしか思えません。福利厚生を考えるならば、若者がディズニーを辞めたあとにも使えるスキルの研修を行ってほしい」(オリエンタルランドユニオン)
効率化とコスト削減でキャストは使い捨て
さらに、同誌特集記事『コラム パレードがしょぼいと不満 ディズニー経費率減少の謎』では、効率化とコスト削減を進めるディズニーリゾートの姿が数字となって現れている。
「テーマパーク研究の第一人者である桜美林大学ビジネスマネジメント学群の山口有次教授の研究室から、興味深い論文が発表された。周年イベント時のキャラクターとダンサーの数を比較したところ、2003年の20周年イベントではキャラクター50人、ダンサー120人だったのに対し、13年の30周年イベントではキャラクター50人、ダンサー72人と4分の3程度になっていたのだ」(同記事より)
財務諸表上では、エンターテインメント制作費が09年3月期の154億2000万円から14年3月期は55億5000万円とおよそ3分の1にまで激減していることは、オリエンタルランドユニオン側も指摘している。
ところで、オリエンタルランドは今年7月、経営計画「2023ありたい姿」をまとめている。そこには、今後10年間で設備投資に総額5000億円をつぎ込み、年間3000万人レベルの集客ができるテーマパークへ進化する姿がある。
ただし、そこにはキャストへの投資に関する記述は一切ない。
「私たちは今後10年で、従業員の約9割が終身雇用契約のディズニーランド・パリのような待遇にしてほしい、とまではいいませんが、まずは請負業者(中間業者)と請負契約を結ぶ形を取りながら就業実態は事実上の派遣形態である『偽装請負』をやめさせ、直接雇用を要望します。その先には、キャストがディズニーリゾートで働いた経験を誇れるような職場環境に変わるように働きかけていきたい」(オリエンタルランドユニオン)
このままでは、これからの10年も準社員の使い捨てが続きかねないのだ。
なお、オリエンタルランドユニオン側が申し立てた偽装請負に関する東京都労働委員会の審問が9月末より始まる。注目したい。
(文=松井克明/CFP)