なぜ『はじめの一歩』は、つまらないのか?「あしたのジョーの呪い」と世界チャンプ過多
世界チャンピオンのインフレ
『はじめの一歩』が『あしたのジョー』よりつまらないもうひとつの理由は、現実のボクシング界で起きている世界チャンピオンのインフレを、作品の世界観に反映できていない点だ。
私が子どもの頃のボクシング世界チャンピオンはすごかった。いや、それ以前に日本人で最初に世界フライ級チャンピオンになった白井義男さん、その次のファイティング原田さんの頃などは、世界にボクシングの世界チャンピオンは8人しかいなかった。階級順にフライ級から始まってライト級、ミドル級、そしてヘビー級までの8階級にしか世界チャンピオンがいなかった時代だ。
『あしたのジョー』の連載が始まったのは1967年だが、その前年まで日本人のボクシング世界チャンピオンは白井義男、ファイティング原田、海老原博幸の3人しか存在しなかった。それくらいボクシング世界チャンピオンとは遠い世界だったのだ。
ところがこの時期にボクシング団体はWBAとWBCの2団体に分かれ、各階級の間にジュニアバンタム級、ジュニアフェザー級という中間の階層(現在は呼称が変わってそれぞれスーパーフライ級、スーパーバンタム級)が登場し、階級は全体で16階級(現在では17階級)に細分化された。
ファイティング原田の時代までは8人だった世界チャンピオンの座は32に増え、『あしたのジョー』の連載が終わる頃には歴代日本人世界チャンピオンの人数も10人にまで増えた。
さらにその後、IBFとWBOという新興団体が加わり、プロボクシングの団体数は4つに増える。そして極めつけは同じ団体、同じ階級内に複数の世界チャンピオンが登場したこと。WBAの場合など、同じ階級内にスーパー王座、正規王座、暫定王座の3人の世界チャンピオンが存在するケースが4階級で出現している。以前なら世界チャンピオンの下は世界一位と世界二位だったのに、現在はかつて世界二位と呼んでいたレベルの選手を世界チャンピオンに数える時代になったのだ。8月20日の段階で数えてみると、重複を入れない完全な人数ベースで数えて、ボクシングの世界チャンピオンは85人いる。
ちなみに男子プロテニス界では、8月20日時点で世界ランク85位以内には日本人は錦織圭ひとりしかいない。錦織に次ぐ日本人の中で30歳の添田豪と26歳の伊藤竜馬は最高位で60位以内に入ったことがあるが、そこまで入れてもわずか3人だ。それに対してボクシングでは現役日本人世界王者は9人もいる。言い方は悪いが、プロテニスで世界ランク上位に出るほうがはるかに難しい。