欅坂46「不協和音」と平手友梨奈の魔力…2019年9月の悲鳴と歓喜を、我々は忘れない
9月11日、欅坂46についてあるニュースが駆け巡った。10月7日に発売予定の同グループのベストアルバム『永遠より長い一瞬~あの頃、確かに存在した私たち~』に収録予定だったある楽曲に対し、「収録しない」との決定が急きょくだされたというのだ。
欅坂46といえば、10月12日・13日に開催予定のラストライブをもって、約5年にわたる歴史にいったん幕を閉じ、その後「櫻坂46」と改名して新たな活動を開始することが決定している。ゆえにこのベストアルバムは、欅坂46にとってのラストアルバムであり、グループにとっての集大成となる作品であるわけだ。
急きょ収録しないことが決定されたのは、同アルバムの「TYPE-B」に収特典映像として収録予定だったシングル曲「不協和音」のライブ映像。2017年4月に、欅坂46の4枚目のシングルとして発表された同曲は、発売初週だけで60万枚超を売り上げたヒット曲であり、また収録予定だったライブ映像は、2017年のツアー「欅坂46 全国ツアー2017『真っ白なものは汚したくなる』」の最終日において、幕張メッセ(千葉県)において披露された「伝説のパフォーマンス」としてファンの間で語り継がれるものなのだという。
2017年8月30日に披露されたこの「不協和音」は、なぜ収録見送りとなったのか。そして、この「不協和音」という曲に、欅坂46のファンはどのような思いを託してきたのか。
アイドル評論家のガリバー氏が語る、「不協和音」の“真実”とは?
【前編】「魔曲「不協和音」はなぜ封印されたのか?欅坂46と平手友梨奈が見せた2017年の奇跡」はこちら
【この記事は、公開中の映画『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』のネタバレを含みます】
まるで“反作用”であるかのように、「僕は嫌だ!」はネタ化していった
【2018年「不協和音」にまつわる主な出来事】
・4月6・7・8日「欅坂46 2nd YEAR ANNIVERSARY LIVE」(@武蔵野の森総合スポーツプラザ メインアリーナ)において、菅井友香センターで披露
「不協和音」リリースの翌年、この楽曲が、当初想定されていたオリジナルのセンターメンバーによって披露されることは1度もなかった。菅井友香センターの「不協和音」は上記「欅坂46 2nd YEAR ANNIVERSARY LIVE」以外の場でも、「ビバラポップ!」(2018年5月6日)や、「COUNTDOWN JAPAN」(2019年12月28日)等のイベントでも披露してはいる。ただし、この2周年ライブに関しては、「不協和音」に限らずすべての楽曲が、平手の代わりに誰かがセンターを務めるという体制で挑まれた意欲的なものであった。
今でも、「不協和音」の“代理センター”といえば菅井が想起されるのであり、彼女がキャプテンとしてこの楽曲を背負う姿は、平手のそれとはまた違った意味がそこに加わり、非常に興味深い。しかし、この年も夏の全国ツアーが行われたが、「不協和音」がセットリストに記されることはなかった。
この頃から、ファンのみならずメンバーの側にも『「不協和音」が披露されることはないのだ』との暗黙の了解が生じ、なかば諦める気持ちも生まれつつあったのかもしれない。
その一方で、「不協和音」はこの時期、さまざまなアイドルグループによってカバーされていく。欅坂46を担当する振付師TAKAHIROを中心としたチームを直々に名古屋に呼び寄せ指導してもらった上で披露された、SKE48の「不協和音」などは、特に印象的であった。
それは、同曲のサビ前の台詞パートにある「僕は嫌だ!」という印象深いフレーズがあったからこそだろう。欅坂46自身の冠番組『欅って、書けない?』(テレビ東京系)おいても、「僕は嫌だ!」と叫ぶコーナーがネタ的に消費され放送されたこともあったし、長濱ねるの卒業イベントにおいて、長濱による「僕は嫌だ!」の時系列変化を並べた「ねるの進化論」が上映され、会場が笑いに包まれたこともあった。
これは、欅坂46内で「不協和音」が暗い話題に覆われなかば封印されていったことの、いわば“反作用”だったのかもしれない。
2019年9月18日、「不協和音」のイントロが鳴った瞬間の悲鳴と歓喜の叫びを我々は忘れないだろう
【2019年「不協和音」にまつわる主な出来事】
・2月23日 8thシングル「黒い羊」の特典映像「KEYAKI HOUSE」において、プールの中で披露される様子が収録
・9月18・19日 「欅坂46 夏の全国アリーナツアー2019」の追加公演(@東京ドーム)アンコールにて披露
・12月31日 NHK『第70回紅白歌合戦』で、同番組2度目の披露
この年の初め、平手を含むメンバーたちがプールの中で笑って騒ぎながら歌う「不協和音」を披露する姿がリリースされた。それは、まるでこの曲のものとは思われないような世界であり、その楽しげな平手の姿に、ファンはこの楽曲が完全に封印されているわけではないことを知り、少しだけ安堵した。
そして、9月。
菅井友香センターのものを除けば、ファンの前で披露されたものとしては実に2年ぶりの「不協和音」に、9月の東京ドームは揺れた。2018年以降の“沈黙”以降、ファンならば誰しもが待ち望んでいたものであった。それは、もはや代表曲として揺るぎない地位を獲得した「サイレントマジョリティー」とは違って、肉体的にも精神的にもメンバーのエネルギーを吸い尽くすかのようなこの“魔曲”のステージパフォーマンスが、それゆえにこそファンにとってあまりにも魅惑的であったからだ。だからこそ、ファンはそれを渇望していたのだ。
東京ドーム公演1日目のアンコール。「不協和音」のイントロが鳴った瞬間の悲鳴と歓喜の叫びを、我々は忘れることはないだろう。卒業した長濱ねるに代わって、2期生の田村保乃が「僕は嫌だ!」を担当し、見事その重責を果たしてみせた。
これが、平手友梨奈がファンの前で、欅坂46としてパフォーマンスした最後の姿となった。年末には、『紅白歌合戦』にて2年越しに再び「不協和音」が披露され、そして翌2020年1月、平手友梨奈は、グループから脱退を発表した。
香港の女性活動家・周庭氏を支えた「不協和音」
ファンが直接、平手センターの「不協和音」を目撃することができたのは結局、初披露された2017年の「1stアニバーサリーライブ」、その後の全国握手会の3会場(京都/名古屋/幕張)、「欅共和国2017」の2日間、「2017年全国ツアー」の3公演、そして2019年の東京ドームの2公演。その他、「ROCK IN JAPAN」「Girls Award」や「MTV Video Music Awards Japan」等でのパフォーマンスを合わせても、10回をわずかに超えるのみである。リリースから3年以上たつシングル表題曲としては、どう考えても非常に少ない。にもかかわらず、YouTubeにおけるMV再生数は8000万回を超え、「サイレントマジョリティー」に次ぐ代表曲として、その存在感は増すばかりである。
その要因のひとつには、現代社会においていびつな形で広がり続けるこの強固な同調圧力を拒否しようとするような、抗うような反骨心を伴う、「不協和音」が持つ強烈なメッセージ性があるだろう。
2017年、立憲民主結党結党に際しての心情をこの楽曲に重ねたのは、アイドル好きを公言する同党代表の枝野幸男だ。また、2020年8月に香港国家安全維持法違反の疑いで女性活動家・周庭氏が逮捕された際には、「拘束中、不協和音の歌詞がずっと頭の中でかかっていた」と語ったことは、日本でも大きく報じられた。周庭氏が日本の文化好きであることはよく知られており、アニメのみならず、西野七瀬やハロー!プロジェクトら女性アイドルのファンであることを公言している。
過去にもアイドル好きを公言する政治家はいた。しかし、アイドルの楽曲にみずからの政治活動を重ね合わせ、その楽曲に背中を押された……などといったエピソードを語る政治家などいただろうか。
そして、そうした声が海をまたいで聞こえてくる。そのような日本のアイドルなど、過去に存在しただろうか。
「不協和音」を歌う平手友梨奈を見る機会は、永久に失われた
欅坂46は2020年10月、その活動に終止符を打つ。そして「櫻坂46」という新たな名を冠して、新たな道を歩み始める。次のステップを踏み出すに当たって、引き継がれていく楽曲、そうではない楽曲がきっとあるだろう。
「サイレントマジョリティー」や「不協和音」のダークなイメージが付きまとい、欅坂46はよく「笑わないアイドル」とも称された。しかし、カップリング曲、アルバム曲には明るくポップなものも多く、そうした曲が歌われるとき、メンバーの笑顔を見ることもまったく珍しくはなかった。
「不協和音」を歌う平手友梨奈を見る機会は、永遠に失われた。2017年に幕張メッセにおいて披露された「伝説のパフォーマンス」も、特典映像への収録が見送られた。
だからこそ、劇場に足を運び、大スクリーンと爆音のなかで、平手友梨奈がセンターを務めるあの「不協和音」を体験してほしい。この楽曲が刻んできた歴史を、決して忘れぬように。
(文=ガリバー/アイドル評論家)