宝塚ボーガン殺人、「統合失調症による妄想」「母親へのアンビヴァレンス」が原因の可能性
兵庫県宝塚市の民家で6月4日、祖母、母、弟をボーガン(洋弓銃)で撃って殺害したとして、23歳の野津英滉容疑者が現行犯逮捕された。野津容疑者は、伯母も同じ方法で襲撃して負傷させており、「伯母を電話で呼び出した」という趣旨の供述をしている。また、「家族を殺すつもりだった」と容疑を認めているので、衝動的犯行とは考えにくく、明確な殺意を持って犯行に及んだ家族大量殺人の可能性が高い。
家族大量殺人
大量殺人を、アメリカの犯罪心理学者レヴィンとフォックスは、その動機から次の4つに分類している。
1)復讐
2)愛情
3)利欲
4)テロ
1)復讐のために遂行されるのが、秋葉原事件をはじめとする無差別大量殺人である。強い
欲求不満を抱き、自分の人生がうまくいかないのは社会のせいだと思い込んで、仕返しするために「誰でもよかった」と凶行に走る。あるいは、3)利欲のために、放火したり銃を乱射したりすることもある。4)テロのための大量殺人は、欧米で社会問題になっている。
一方、家族大量殺人は、1)復讐だけでなく、2)愛情もからんでいることが少なくない。客観的に見れば身勝手きわまりないのだが、家族大量殺人の犯人自身は「家族のため」と思い込んでいることが多い。典型的なのは、夫でもあり父でもある“一家の主”が、家族の行く末を思って落胆した結果、自分の命を絶つだけでなく、家族全員を不幸や苦悩から救うつもりで殺害するケースである。
たとえば、2005年2月に岐阜県中津川市で発生した一家6人殺傷事件。この事件では、老人保健施設の事務長だった当時57歳の男が、母、長男、長女と2人の孫の計5人を殺害し、娘婿の腹を刺したうえ、自身も首に包丁を突き刺して自殺を図った。なお、事件当時妻は旅行中だった。
事件の背景には、数年前から同居するようになった母との深刻な確執があったようで、この男は当初母を殺害し、自分も自殺しようと考えたという。しかし、その場合残された家族が「殺人犯の家族」として地域社会から白い目で見られ、苦しみながら生きていくことを不憫に思い、道連れにしようとしたのだ。
この男は犯行後自殺を図ったが、家族大量殺人の犯人に抑うつ傾向や自殺への傾斜が認められることは珍しくない。たとえば、当連載でも取り上げた宮崎県高千穂町で発生した6人斬殺事件。2018年11月、当時42歳の男が両親、妻、長男、長女、さらに知人の男性の計6人を斬殺し、その後飛び降り自殺したのだ。この事件は典型的な「拡大自殺」と考えられる。
“恨み”の正体
このように、家族大量殺人は、「家族のため」と思い込んだ“一家の主”によって遂行されることが多い。その場合、当然犯人は中年以降の男である。それに比べると野津容疑者はかなり若く、典型的な家族大量殺人とは少々異なるという印象を私は抱いている。
もちろん、より若い世代が家族大量殺人を犯すこともある。たとえば、2010年5月に愛知県豊川市で発生した一家5人殺傷事件。この事件では、14年間引きこもっていた当時31歳の長男が包丁で家族を次々と襲い、父と姪を刺殺し、母と三男、さらに三男の内縁の妻に重傷を負わせた。
惨劇の引き金となったのは、家族が前日にインターネットの接続契約を長男に無断で解約したことだという。長男は、中学を卒業して菓子製造工場に就職したが、約1年でやめてからずっと引きこもっており、親名義のクレジットカードを使い、ネットショッピングで浪費したため、借金が350万円以上に膨れ上がっていたようだ。
この事件では、インターネットの接続契約を無断で解約されたことに“恨み”を抱いた長男が犯行に及んだ。もっとも、その“恨み”が客観的に見て正当だったのかという疑問は残る。
精神科医としての長年の臨床経験から申し上げると、犯行の動機として犯人が挙げる“恨み”が妄想にもとづいていることがときどきある。とくに被害妄想を抱いていると、自分がひどい仕打ちを受けたと思い込み、それを思い出しては憤慨するので、ずっと“恨み”を持ち続ける。また、周囲の人を「悪意を持って自分を迫害する対象」としてとらえる傾向が強くなり、危険が差し迫っているという不合理な恐怖から、「やられる前にやる」という論理で自らの先制攻撃を正当化する。
妄想が出現しやすい精神疾患として、統合失調症や妄想性障害が挙げられる。とくに統合失調症の好発期は10代~20代であり、動機が理解しがたい「動機なき殺人」が発病初期に起こりやすいという報告もあるので、その可能性も視野に入れて精神鑑定を実施すべきだろう。
愛と憎しみの「アンビヴァレンス(ambivalence)」
家族大量殺人では、一方に憎しみと復讐、他方に愛と献身という相反する要因が認められることが多い。これを精神分析では「アンビヴァレンス(ambivalence)」と呼び、「両価性」と訳される。
この「アンビヴァレンス」は、とくに母殺しにしばしば認められる。一方では、母を愛し依存しながらも、依存対象である母に敵意を抱く「敵対的依存」の関係になることも少なくない。
そういう関係からの解放を求めて、母殺しを犯すこともある。そのため、アメリカの精神科医ウェルサムは、母殺しの心理を「母への過度の愛着が母に対する激しい敵意へと直接変形される」と説明し、「オレステス・コンプレックス」と名づけた。オレステスは、ギリシャ神話に登場する母を殺した息子の名である。
野津容疑者も、母殺しを犯した。それだけでなく、母が離婚していたため、その代理を務めたこともあるかもしれない祖母も殺害し、伯母も襲った。「お母さんの子育ての責任感が強かったのか、しつけは厳しかった」という周囲の証言もある。したがって、母への愛と憎しみの「アンビヴァレンス」が動機を解明する鍵になるのではないだろうか。
(文=片田珠美/精神科医)
参考文献
片田珠美『オレステス・コンプレックス―青年の心の闇へ』NHK出版 2001年
片田珠美『攻撃と殺人の精神分析』トランスビュー 2005年
片田珠美『拡大自殺―大量殺人・自爆テロ・無理心中』角川選書 2017年
Levin, J., Fox, J. A. : A Psycho-Social Analysis of Mass Murder. In O’Reilly-Fleming ed. : Serial & Mass Murder – Theory, Research and Policy. Canadian Scholars’Press. 1996