そこで、フレッチャー氏は傾斜ベッドというアイディアに導かれたわけだが、いったい、どのぐらいの傾斜が適しているのだろうか。
フレッチャー氏は実験を行っている。水を満たしたループ状の管(チューブ)を傾斜ベッドに置いて、いかに循環するかを観察したのである。管の接合部分を高い頭の位置に合わせ、そこに着色した食塩水を注いだ。イギリスのスタンダード・ダブルベットの頭側を10センチ持ち上げると、食塩水はループの片側を下向きにチューブの底に沿って流れた。真水は同じ側でその上を流れた。すなわち、一つの管の中で二方向の流れが生み出されたのだ。頭側を12.5センチ持ち上げると、完全に1周する循環が生まれた。そして、最善は傾斜角5度を生み出す15センチ持ち上げた時だった。実際に体験してもらうと、その角度においては、静脈瘤が4週間で消えるなど、循環にポジティブな変化を確認できたのだ。
フレッチャー氏の考察に異論のある専門家もいるだろうが、こんな実験結果があるとなると、重力がもたらす影響は無視できないようにも思われる。もし、我々が地球とは重力の異なる惑星で暮らしていれば、理想的なベッド傾斜角は違ったものになるのかもしれない。
古代エジプト人はIBTを実践していた?
ところで、古代エジプトのファラオたちは、傾斜ベッドを愛用していた。それは、彼らの墓で発見されたベッドから窺い知れ、博物館でも確認できる。それらのベッドを見ると、船底形に曲線を描いているものもあり、傾斜角の計測は難しい。だが、頭のほうが高くなっており、低い足のほうには体がずり落ちるのを防止するガードが付いていることがわかる。
フレッチャー氏は、古代エジプト人は健康のために傾斜ベッドを使用していたに違いないと確信した。そして、ボストン美術館の学芸員に収蔵品である古代エジプトのベッドの傾斜角を測るように頼んだ。そして、わかったのは、頭側がなんと15センチ持ち上げられていたことであった。
ここで、病院や一般家庭においても、二つ折り、又は三つ折りの構造で、上体を起こせるベッドが普及しているではないかと思われる読者もいるだろう。確かに、それらのベッドにおいては、上体を起こせるメリットがいくらか得られる可能性はあるものの、IBTにはまったく及ばないとフレッチャー氏は言う。下半身を含めた全身が適度に傾いて初めて、全身での循環が起こる。また、ベッド全体が傾斜していれば、寝返りを打てるだけでなく、床ずれも防ぐことができる。そこに効果の違いが現れるようである。