米国の医療過誤訴訟では、医師1000人・年あたりの賠償金支払い件数が大きく減少し、1992~2014年の間に56%低減しているという調査結果が報告された。
一方で、1件あたりの平均賠償額は1992~1996年の約28万7000ドル(約3157万円)から、2009~2014年には35万3000ドル(約3883万円)へと約23%増加していた。
この2つの傾向は、医療過誤訴訟における不法行為法改革(tort reform)の影響を反映したものだと考えられると、研究の筆頭著者である米ブリガム・アンド・ウイメンズ病院(ボストン)のAdam Schaffer氏は話す。
今回の研究は3月27日、「JAMA Internal Medicine」オンライン版に掲載された。
最も損害賠償額が増加しているのは病理医
不法行為法改革とは、損害賠償額に制限を設けたり、賠償責任の範囲や程度などルールを修正することによって、賠償責任のコストを低減しようとする取り組みだ。
「損害賠償請求額に制限を設ける法律によって、(期待できる弁護士報酬も低くなるため)訴訟を引き受ける弁護士を見つけるのが難しくなっている可能性がある。また、この改革で請求がスクリーニングされるようになり、利点の少ない請求が除外されているのであれば、平均請求額が増大する理由となる」と、同氏は説明している。
今回の調査では、全米医師データバンク(NPDB)のデータをレビューした。2009~2014年に支払いの発生した28万件超の訴訟のうち、100万ドル(約1億1000万円)を超えるものは約8%で、約3分の1は患者の死亡に関連するものであった。全体として最も多い訴えは誤診であることもわかった。
また、診療科によって医療過誤の傾向と賠償額は大きく異なっていた。たとえば、賠償額は総合診療医(general practitioner)では1万7400ドル(約191万4000円)ほどの増加にとどまったが、病理医では13万9000ドル(約1529万円)もの増加がみられた。
総合診療医を対象にした訴訟では一般的な病気(Common Disease)が多いが、病理医では高額な医療費が必要となるがんなどの確定診断に関係しており、その賠償請求額は大きくなる。
賠償件数の減少率にも差がみられ、循環器科では14%だったが、小児科では76%もの減少が認められた。
心臓専門医は多くの救命処置を多く行うために訴訟件数が減少しにくく、小児科では新生児集中治療室(NICU)が高性能となり広く普及したことで死亡症例が減ったために、急激な訴訟件数の減少につながったと考えられるという。
日本の医療訴訟は今後増加するのか?
ただし、Schaffer氏によると、こうした医療過誤訴訟の減少は医療の安全性が向上した結果とは限らないという。
米国の大手医師賠償責任保険会社The Doctors Company社(カリフォルニア州ナパ)のDavid Troxel氏は、「訴訟の減少傾向は2003~2005年に急激に始まり、その後は徐々に横ばいになっている」と指摘する。
「この時期に患者の安全やリスク低減が注目されたためだと思いたいが、その理論では訴訟の減少が急すぎることや、他の災害保険でも同様の現象がみられる事実を説明できない」と同氏は述べ、「大半の医療過誤訴訟は論拠が薄く賠償に至らないため、弁護士はより有利な案件を求めている可能性がある。そうした傾向には不法行為法改革も寄与しているのではないか」と付け加えている。
Schaffer氏はさらに、特に訴訟の多かった1%の医師が、賠償金の支払われた訴訟のうち約8%の原因となっている点を指摘している。「理由は不明だが、一部の診療科はほかに比べてリスクが高く、また同じ科のなかでも専門領域により大きな偏りがある」と、同氏は説明している。
日本では医療訴訟の増加に対応するため2001年4月、東京、大阪の両地方裁判所に医療訴訟(民事事件)を集中的に取り扱う医療集中部が新たに設けられ、その後、千葉、名古屋、福岡、さいたま、横浜にも順次設置されている。
最高裁判所の公開する資料によると、医療関係の訴訟の新受件数は、2004年の1110件をピークに次第に減少し、2009年に732件となっている。しかし、その後再び増加し、2015年には836件となっている(医事関係訴訟事件の処理状況及び平均審理期間より)。
診療科別に見てみると、内科、外科、整形外科、歯科が目立って多くなっている(医事関係訴訟事件(地裁)の診療科別既済件数より)。
アメリカでは一時、医療訴訟の賠償金が際限なく高額になり、そのために医師が高額の保険料を払わざるを得なくなった。さらに弁護士たちは高い報酬を求め医療訴訟に群がった。不法行為法改革などでなんとか現状をしのいでいるが、今でもアメリカの医療崩壊の大きな不安要素であることに変わりはない。
国民皆保険の日本で同じような事態が起きるとは考えにくいが、「サラ金問題解決バブル」がとうの昔に終わっている日本の弁護士にとって、医療訴訟はまだ見ぬ宝の山かもしれない。成り行きを見守りたい。
(文=ヘルスプレス編集部)