3月、東京都八王子市にて、飼い犬の咬傷が原因となり生後10カ月の女児が亡くなるという痛ましい事故が起きた。一部報道によると、祖父母の家に預けられていた女児がハイハイをしていた際に、ペットのゴールデンレトリバーが突然咬みついたという。
ペットの犬による咬みつきが原因で子供が死亡したケースは日本だけではなく、15年にはイギリスで生後3週間の男児が同様の事故で命を落としている。また、環境省が発表した調査結果によると、乳幼児以外も含まれるが15年に起きた犬による咬傷事故は4373件にものぼるというのだ。
そこで今回は、赤ちゃんがいる家庭で犬を飼うことが危険なのかを否かを知るべく、犬の出張トレーニング事業をメインとするDOGSHIP合同会社代表・須﨑大氏に話を聞いた。
そもそも犬が人間を咬む理由
まず犬が人に咬みつくのには、犬の個々の性格ではなく普段の生活習慣が関係していると話す須﨑氏。
「現在、家庭で飼われている犬種は、ペットショップ以外に各犬種を専門とするブリーダーによって交配された犬や、ドッグショーで優秀な成績をおさめた血筋を持つ犬が多いのです。何をもって優秀かといいますと、その犬が本来していた仕事、すなわち牧羊犬であったり、狩猟犬であったりと、元の特性が色濃く残っている犬たちが“良い”とされているわけです。そんな羊を追いかけていたような性質を持つ犬が、ビルに囲まれた都心などで暮らすとなると、“ストレスを感じるな”というほうが難しい。
そして、その犬種が与えられていた仕事に適した運動量や仕事欲を満たしてあげることができなければ、犬としては別の方法で発散しようとするわけです。その発散方法こそが『咬む』という行為につながっていることも考えられます。
また、人が寝ているときに映像で夢を見るように、犬は匂いの夢を見るぐらいに優れた嗅覚を持つ動物だと言われています。犬に噛まれ、興奮状態になった人間は体温が上がります。ということは、いつもよりも体臭が強くなることを意味している。犬としてみればそれが刺激となり、“反応が返ってきた”と思うことから噛み癖が付くことも考えられます」(須﨑氏)
乳幼児がいる家庭での犬の飼育に賛成、だが正しい認識が必要
では乳幼児の育児中は、犬を飼うことを避けたほうが賢明なのだろうか。
「私はむしろ、赤ちゃんがいる家庭での犬の飼育に賛成です。イギリスでは『子供が生まれたら犬を飼いなさい』という諺があるくらいに、乳幼児にとって良い影響を与えてくれる存在だといわれています。実際に犬がいる家庭の子供はアトピーや不登校になりにくいといったデータもあります。とはいえ、犬に対して無知なまま何も対策しないと、咬傷事故を引き起こしてしまう可能性があるのも事実です」(同)
そして、「そもそも赤ちゃんと犬の組み合わせにだけフォーカスを当てること自体が間違っている」と須﨑氏は続ける。
「先ほどもお話ししたように、犬種に合った散歩量やライフスタイルが送れなくなることが咬傷事故を引き起こす場合もあるのですから、これは飼い主側の問題。たとえば、犬を飼っている家庭が新しい掃除機を購入したとします。犬としては得体の知れない物がいきなりやってきたかと思えば、音を立てて動き出すのですから、びっくりしてしまいます。そのうえ、家族の注目を集めているとなれば、掃除機に対して『気に入らない』といった感情が芽生える。この時と似た心理状態が乳児に対しても生まれる事があるのです」(同)
では、子供が誕生する前から犬を飼っていたご家庭の場合は、どうすればいいのだろうか。
「本来は群れで行動していた犬という種族は、仲間意識が強い生き物。仲間と認識している生き物や、リーダー(飼い主)が大切にしているものを攻撃する気持ちは起きないはず。ですから、家族という仲間のなかで赤ちゃんを“弱い立場”=“守るべき存在”なのだときちんと認識させてあげればいいんです。つまり、問題が起きてからの対処ではなく、普段からの接し方が重要となります。たとえば、赤ちゃんが来る前に匂いのついたタオルを嗅がせておいたり、声がけしておいたりしておけば、咬傷事故に至る前に予防することができます」(同)
犬を飼う家に乳幼児を連れて行く場合のチェックポイント
最後に、犬を飼っている家庭に乳幼児を連れて行く危険性についても聞いた。
「犬の種類や大きさにかかわらず、その家庭が普段から犬に対してどのような接し方をしているのかに注目すべきです。犬種を理解したうえで生き方を尊重しているのでしたら、飼い主の動きや声で、赤ちゃんの存在を“弱い立場”だという認識ができます。ですが、犬を必要以上にかわいがっており、“犬の天下状態”となってしまっている家庭に行く場合には注意が必要。人間の生活に合わせすぎた犬が、フラストレーションをなんらかのかたちで発散しようとし、赤ちゃんを“邪魔者”と認識したら危険ですからね。要するに、ペットの犬よりも、飼い主の犬への振る舞いに注目するべきでしょう」(同)
「かわいいから」といった安易な理由で犬を飼い始める人も少なくないだろうが、きちんと犬という生き物がどういった性質を持っているのか、理解したうえで飼うことをおすすめしたい。
(文=増田理穂子/A4studio)