少子高齢化の影響もあり、犬や猫をペットではなく「家族の一員」と考え、少しでも長く一緒に過ごしたいと考える人たちが増えている。同時に、室内飼いが増加し、医療環境などがよくなったことで平均寿命も大きく延びた。
東京農工大学と日本小動物獣医師会が昨年発表した大規模調査によると、犬と猫の平均寿命は2014年時点でそれぞれ13.2歳、11.9歳と過去最高を記録。この25年間で、犬の平均寿命は1.5倍、猫は2.3倍にも延びているのだ。
犬や猫の長寿命化に貢献しているとされているのが、ペットフードだ。かつては人間の残り物が当たり前で、味つけが濃く栄養バランスも悪かったが、バブル期の1987年頃から栄養バランスを考慮した専用フードが急速に普及。現在では、犬、猫ともにフードの普及率が90%を超えている。
しかし、そのフードもすべてが安全ではなく、なかにはペットの健康に悪影響を及ぼすものもある。2007年には、海外でフードが原因とされるペットの死亡報告が相次いだ結果、多くのメーカーがリコールを行う事件も起きた。「安全・安心」なペットフードは、何を基準に選べばいいのだろうか。
ペットフードの「獣医師推奨」は信用できない?
ひと口に「安全なフード」といっても、その基準は簡単ではない。都内で動物病院を経営する獣医師のT氏は、「獣医師をしていると、頻繁に飼い主さんから『このフードは安全ですか?』と聞かれますが、これはある意味『正解のない質問』なのです」と語る。
「私は、その質問をする飼い主さんに、いつも『フードを食べさせるのは、ペットではなく人間の赤ちゃんと思って選んでください』と言っています。子育てをしたことがある人なら、それで『ハッ』となります。犬、猫と思うから、何を食べさせればいいのかわからなくなる。乳幼児と考えれば、飼い主さんが正解を出せるはずです」(T氏)
子どもが食べるものは親が決め、子どもは与えられたものを食べるしかない。それは犬や猫も同じなのだ。インターネットなどで必死に調べて「このフードは大丈夫ですか?」と獣医師に聞く飼い主は多いが、自分が見たことのないフードの良し悪しは獣医師も判断できない。だからこそ、飼い主に「自分で食べてみましたか?」と聞くのだという。
「多くの飼い主さんは自分で食べていない。『自分で食べられないものをペットに食べさせるんですか?』と言うと、みなさん納得します。安全なフードという意味では、本当にいいのは手づくりです。
ただ、栄養の過不足なくつくるには専門的知識が必要になるし、手間もかかる。フードと手づくりを併用するぐらいがいいでしょう。フードを選ぶ基準としていえるのは、安価すぎるものは避けたほうがいいということ。なぜそんなに安いのかを考えるべきです」(同)
フードについてネット検索を行うと、その危険性を指摘するサイトが数多く表示される一方、特定のメーカーの商品を安全だとして薦めるサイトも少なくない。これでは、専門的知識を持たない一般の飼い主には、どれが安全かなど判断できるわけがない。
「特定のメーカーを薦めるサイトは『宣伝ご苦労さま』と思って読み飛ばせばいいのです。『獣医師が推奨』というフードもありますが、私が知る限り、自分が尊敬する獣医師や専門家は特定の商品を推奨していません。そういう商品を見つけたら、その獣医師がどういう人かをメーカーに問い合わせてみるといいでしょう」(同)
無駄に高い「プレミアム」フードも基準なし
しかし、値段が高ければ安全かというと、必ずしもそうとは限らない。フードのなかには、「プレミアムフード」をうたって500gで5000円もする高価なものもあるが、T氏は「メーカーが勝手に『プレミアム』といっているだけ。そんな基準はない」と語る。
「『プレミアム』とつければ高くても売れるからでしょう。そもそも、フードには人間の食品衛生法のような厳しい基準がなく、ひどいフードになると原材料名に『猫への愛情』と表示しているものまであります。最近はペットフード協会も安全性を向上させるために努力していますが……」(同)
一般社団法人ペットフード協会は、多くのフードメーカーが会員になっている業界団体だ。09年に「愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律」(ペットフード安全法)が施行されたことで、農林水産省による原材料表示の指導も厳しくなり、同協会では原材料や添加物などフードの安全性に規約を設けている上、トレーサビリティにも取り組んでいる。
「大手のフードメーカーは、原材料名を正直に書いていると思います。また人間用の食品や製品も扱っているメーカーは、フードを食べたペットが死亡するなどの問題が起きたら、イメージが損なわれてほかの商品も売れなくなる。そこは企業としてわかっています」(同)
大手メーカーは何千もの犬や猫を飼育してサンプルをとり、症例数が多いので、安全性に一定の信頼を置けるのだという。
「品質だけではなく、過消化率など、食べたものがどれくらい吸収消化されたかについても、データ化してフードに反映しています。
一方、小さいメーカーの場合、その会社がどれくらいデータを持っているかわからないため、獣医師としても薦めにくいのが実情です。それが、大手メーカーのフードを獣医師が薦める理由です。確率的にハズレが少ないのです。また大手メーカーは、診療して『これはおかしい』と連絡すれば、すぐに飛んできて食べたものを分析してくれます。獣医師も飼い主も、何かあったときに文句を言えるのが大手メーカーなのです」(同)
添加物だらけでカビが生えないフードも
フードを「人間の子どもに与える食べもの」と考えれば、自ずと「買ってはいけない」ものも見えてくる。まず気をつけなくてはいけないのは、やはり添加物だという。
「ソフトタイプのフードはやめておいたほうがいいでしょう。ソフトタイプは、やわらかさを維持するために保水剤や湿潤調整剤を添加しており、これらの添加物は人間の食品には使われないものも多いです。
着色料も、飼い主である人間にとっておいしそうに見えるから入っているだけで、必要ありません。犬用のジャーキーも、健康のために塩分が控えられているはずなのに、肉にカビが生えない。これはおかしいですよね? そもそも、嗜好性の高いフードは油脂分が多い傾向にあります。肥満も、飼い主さんが注意しなければならないことのひとつです」(同)
また、ペットの健康に神経質になるあまり「アレルギーフリー」のフードを与える飼い主もいるが、T氏はこれもよくないと指摘する。
「アレルギーフリーは、皮膚炎や内臓障害が出たときに用いる『奥の手』なんです。ビーフがだめならチキン、チキンがだめならラム、小麦がだめなら米というように、アレルゲンを避けていくためのもの。
飼い主さん同士の口コミで『皮膚にいい』『毛ヅヤがよくなった』と聞いたからといって、アレルギーでもないのにダックやタピオカまで与えると、皮膚炎や内臓障害を発症したときに食べるものがなくなってしまいます。そのため、むやみにアレルギーフリーのフードを与えないでください」(同)
さらに、最近は肥満予防などの理由から「グレインフリー(穀物不使用)」のフードを薦めるネット記事を多く見かけるが、このグレインフリーについても「ペットの現実」に照らし合わせて考えるべきだという。
「犬や猫の寿命が延びているのは、フードの進化が大きいといわれます。私が動物病院を開業した約30年前、猫の寿命はわずか4年ぐらいでした。それが今や15歳や20歳の猫がざらにいます。この猫たちはネズミを主食にしているのではなく、フードを食べて長生きしているわけです。そう考えれば、猫が肉食だからといって肉だけ食べればいいとはいえないでしょう」(同)
そもそも、ペットの健康を維持する上で重要なのはフード選びだけではない。T氏は、ネット情報や口コミに振り回されてフード選びに神経質になる飼い主に、こう苦言を呈する。
「フード選びと同時に、まず飼い主さんは自分の生活を見直してください。犬や猫の食欲が落ちているとすれば、それはフードではなく、散歩に数日行っていなかったり、来客続きで寝不足だったり、転職などで飼い主さんの生活環境が変わったりしたことが原因かもしれません。ペットの健康を維持するには、実は飼い主さんが自分の生活の変化に気を配ることが何より重要なのです。獣医師は、飼い主さんに『生活を変えろ』とは言えませんから……」(同)
犬や猫は、食事も飼い主も自分で選ぶことはできない。ペットを「家族の一員」と考えるなら、愛する我が子のためにやれることはまだまだありそうだ。
(文=船山隆子/清談社)