「香害」が大きな社会問題になっていますが、筆者もそれを体験してしまいました。
11月下旬、早めの忘年会がありました。久しぶりに友人たちと飲んで、ついつい深酒をして終バスに乗り遅れてしまいました。やむなく駅前からタクシーのお世話になりました。自宅まで10分くらいの距離ですが、本当に参りました。車内に充満する消臭芳香剤のニオイがハンパじゃなかったのです。乗車してすぐに窓を開けたのですが、頭がクラクラするほどの息苦しさは、家に着いてからもしばらく続きました。妻は「飲み過ぎよ」と言いましたが、決してそんなことはなく、タクシーの芳香剤のせいだと私は確信しています。
昨夏、日本交通タクシーはプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(P&G)と連携して、エアコンの送風口にセットした芳香剤が、車内のニオイの原因となる食べ物や体臭などを消臭するという「ファブタク」を1カ月限定で走らせました。
日本交通タクシーに問い合わせると、「現在、ファブタクは行っておりません」とのことですが、この「ファブタク」以来、芳香剤を車内に充満させたタクシーは、全国でますます増えているようです。ニオイに敏感な人にとって、芳香剤が車内に充満したタクシーはガス室に閉じ込められたようなものです。タクシー会社並びに運転手の皆様にお願いします。顧客サービスの一環でしょうが、芳香剤のタクシーへの使用はやめてください。
芳香剤などの健康への悪影響は、もちろんタクシーだけにとどまりません。洗剤、柔軟剤、消臭スプレー、シャンプー、リンス、化粧品……私たちの身の回りは、香り付き商品が氾濫しています。各地の消費者センターには、ニオイによる健康被害を訴える声が相次いでいます。
ほんの一例を挙げてみます。
「柔軟仕上げ剤を使用して室内に干したところ、ニオイがきつく、妻と2人とも咳が出るようになった。柔軟剤を使ったタオルで顔を拭くと、咳が止まらない。メーカーに連絡すると、医師の診断を受けるように言われ、受診したが原因不明とされ、複数の薬を処方された」
「最寄り駅で駅員が使用している香料に暴露して具合が悪くなった」
ニオイへの被害情報が急増したのは、2012年にP&Gが衣服への香り付け専用製品「レノアハピネス アロマジェル」を発売したのが契機です。その後、芳香剤の大キャンペーンを展開し、花王やライオンなどもこれを追随、日本中に芳香剤のニオイが充満したのです。日本人の清潔志向・消臭志向を煽ったこの“香りビジネス”は、今も続いています。しかし、この香りビジネスは確実に日本人の健康を蝕んでいます。
米国やカナダでは香料禁止の動きが拡大
香りビジネスが先行した北米では、香料の使用を規制している都市も出現しています。10年にミシガン州デトロイト市は、市職員に香料の使用を禁止しました。市職員が同僚の香料で呼吸困難に陥ったことがきっかけでした。
翌11年には、オレゴン州ポートランド市も市職員に香料着用の自粛を呼びかけています。また、オクラホマ州タトル市も、香料の使用自粛を訴えるなど、全米に香料使用自粛の動きが広がっています。
カナダでも香料使用自粛の動きは活発で、11年にノヴァスコシア州ハリファックス地域都市は、「職場での香料不使用」を宣言しました。以来、カナダでは無香料宣言をする企業・学校・病院が増え続けています。
当然、脱臭芳香剤を販売する企業は売り上げ減になります。そこで次の有望市場として日本にターゲットを置き、「脱臭香りビジネス」を大展開しているのです。
しかし、香料には危険な合成化学物質が多数使われているということを、消費者は肝に銘じておかなければいけません。さまざまな香り付け製品に使われている香料の99%は合成香料で、日本では約300種類近く製造されています。その中の十数種類をブレンドして香料として使っています。
その一方で、どんな合成化学物質を使っているかは、企業の最高秘密のひとつになっています。つまり、「香料」と表示されている中には、10種類前後の合成化学物質が隠されているわけです。
天然に存在せず、人工的に合成された香料を「合成ムスク類」といいますが、これらにはDNAを傷つける変異原性の強いものが多くあります。変異原性の強い化学物質は、高い確率で発がん性もあります。しかも、合成ムスク類は分解しにくい性質のため、人体への蓄積が懸念されます。
実際、05~07に熊本大学・佐賀大学が行った共同研究で、日本人の母乳や脂肪組織に合成ムスク類の「HHCB」と「AHTN」が蓄積していることが明らかになっています。
芳香剤など香り付け製品に使われる香料は、大半が合成ムスク類です。早急に使用規制をしないと、「香害」は深刻化するばかりです。
(文=郡司和夫/食品ジャーナリスト)