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渡辺雄二「食にまつわるエトセトラ」

花粉症薬の罠…なぜ杉の木が多い農村より、都会のほうが花粉症を発症する人が多い?

文=渡辺雄二/科学ジャーナリスト
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「Getty Images」より

 杉の次は檜(ひのき)と、まだまだ花粉症の季節が続いています。くしゃみや鼻みず、鼻づまりなどの症状で、辛い思いをしている人も多いでしょう。ドラッグストアや薬局には、そんな症状を抑えるための花粉症対策薬がずらっと並んでいます。しかし、いずれも対症療法的なものであり、副作用が現れることもあるので注意が必要です。

 花粉症対策薬は種々ありますが、ほとんどが第2類医薬品であり、その効能・効果はどれも同じようなものです。たとえば、テレビCMでも知られる代表的な製品の場合、その効能・効果は「花粉、ハウスダスト(室内塵)などによる次のような鼻のアレルギー症状の緩和:くしゃみ、鼻みず、鼻づまり」というものです。そのほかの製品も似たような効能・効果です。

 現在、市販されている花粉症対策薬は、「第2世代抗ヒスタミン薬」を成分としたものが主流になっています。アレルギーを引き起こす活性物質のヒスタミンやロイコトリエンの放出を抑制し、またその受容体をブロックすることで、花粉症の症状を抑えます。さらに免疫細胞から炎症物質が出るのを抑えて、症状の悪化を防ぐのです。

 花粉症は、異物を排除しようとする免疫反応の一種です。花粉アレルゲンが鼻や目などに入ってくると、まずそれに免疫が反応して、リンパ球の一種のB細胞が花粉アレルゲンに対するIgE抗体(免疫グロブリンE抗体)をつくります。そして、それはマストセル(肥満細胞。肥満を起こすのではなく、太ったように見えるのでこう呼ばれる)の表面に付着します。

 次に花粉アレルゲンが再び侵入して、IgE抗体に結合すると、その刺激でマストセルからヒスタミンやロイコトリエンが放出され、それらが鼻などの粘膜に作用して、くしゃみや鼻みず、鼻づまりなどを起こすのです。これらは、花粉を鼻から排出したり、花粉のさらなる侵入を防ぐための、いわば防御反応です。

花粉アレルゲンだけでは、花粉症は起こらない

 ところで、一般に花粉症は、杉や檜などの花粉が原因とされていますが、それだけで花粉症が発生するわけではないようです。こんな実験データがあります。

 東大物療内科の村中正治助教授(実験当時)が、マウスに対してスギ花粉アレルゲンを注射しましたが、マウスの体内にIgE抗体はできませんでした。ところが、スギ花粉アレルゲンとディーゼル排出微粒子(DEP)を一緒に注射したところ、IgE抗体ができたのです(「日本医事新報」<1985年4月6日号>に掲載の『花粉アレルギーの増加と大気汚染』より)。

 IgE抗体ができなければ、花粉症は発症しません。つまり、花粉アレルゲンだけでは、花粉症は起こらないということです。しかし、DEPが加わることでIgE抗体ができ、花粉症が発症する状態になるということです。これは、DEPによって免疫が過剰に反応してしまったと考えられます。

 さらに、古河日光総合病院の小泉一弘院長(発表当時)が1985年11月に発表した次のような疫学データがあります。

 小泉院長らは、栃木県日光市と今市市(現在今市市は日光市に合併)の住民3133人に対して、居住地を「杉並木地区:自動車交通量が多く渋滞が激しい」、「杉森地区:杉は多いが交通量は少ない」、その他の「一般地区」に分類し、花粉症の発症に関するアンケート調査を実施しました。

 その結果、3月中旬から4月にかけて、連続した鼻症状(くしゃみ、鼻みず、鼻づまり)、眼症状(充血、涙、かゆみ)という花粉症の症状が現れる人の割合が最も高かったのは、今市市の「杉並木地区」で14%、次いで日光市の「杉並木地区」で12%でした。

 一方、杉の多い「杉森地区」では7~10%と低く、杉が極めて多く交通量のほとんどない日光市小来川という地域では5.1%と非常に少なかったのです。なお、その他の「一般地区」は、7~10%でした。このデータからも、花粉症は杉花粉だけではなく、自動車の排気ガスが影響して発生することがわかります。

花粉症は日本では20世紀後半になって発見

 これらのデータから、花粉症の大きな謎、すなわち杉は太古から存在していたのに、なぜ花粉症が日本では20世紀後半になって発見されて増えているのか、また、杉は農村に多いのに花粉症で苦しんでいる人はなぜ都会に多いのかという謎が解けます。自動車が普及したのは20世紀後半であり、交通量は都会で多いからです。

 もともと花粉は人間の体にとって害になるものではありません。ところが、排気ガスなどの影響で免疫が過剰に反応してしまい、花粉を異物としてとらえ、排除してしまうと考えられます。その結果、くしゃみ、鼻づまり、鼻みずなどの辛い症状が現れるのです。

 したがって、花粉症の発症を防ぐためには、免疫が過剰に反応しないようにする、つまりIgE抗体をつくり出さないようにしなければならないのです。ところが、市販の花粉症対策薬の場合、対症療法的にヒスタミンやロイコトリエンの放出を抑制したり、その受容体をブロックするにすぎません。

 また、それに伴って、発疹やかゆみ、吐き気、腹痛、頭痛、倦怠感、動悸などの副作用が現れることがあります。さらにまれにですが、アナフィラキシーショック(服用後すぐの皮膚のかゆみ、息苦しさ、動悸、意識の混濁など)を起こすこともあります。

 花粉症をなくすためには、体の免疫が過剰に反応しないような環境をつくっていかなければなりません。現在、環境中には排気ガスなどの免疫を刺激するさまざまな化学物質が漂っています。それらを減らさない限り、花粉症も減らないと考えられます。

(文=渡辺雄二/科学ジャーナリスト)

渡辺雄二/科学ジャーナリスト

渡辺雄二/科学ジャーナリスト

1954年9月生まれ。栃木県宇都宮市出身。千葉大学工学部合成化学科卒。消費生活問題紙の記者を経て、82年からフリーの科学ジャーナリストとなる。全国各地で講演も行っている

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