「海苔弁」といえば、いつの時代も安価にお腹を満たしてくれる庶民の味方。ほっかほっか亭やオリジン弁当などの大手弁当チェーンでは、海苔弁は数あるメニューの中でも最安値で販売されており、そのボリュームや親しみのある味わいに救われてきた人も少なくないはずだ。
しかし、近年話題となっているのは、専門店が吟味を重ねて作り上げた高級路線の海苔弁だという。2017年にGINZA SIXに高級海苔弁専門店「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」がオープンしたのを皮切りに、1個1000円以上する高級海苔弁を売り出す店が増えているのだ。
今やブームとなっている高級海苔弁は、数百円で買えるチェーン系海苔弁と比べてどんな違いがあるのか。値段だけではない魅力も含めて、比較しながら実食してみた(価格は税込み、各種情報は調査時点)。
オリジン弁当「タルタルのり弁当」(321円)
まずは、チェーン系の海苔弁でも最も安価に購入できるオリジン弁当の「タルタルのり弁当」から実食してみる。
小ぶりな白身魚のフライが2つ入っており、大きめの磯辺ちくわ天、そして甘めな味付けのきんぴらごぼうが添えられ、「これぞ海苔弁」と言いたくなるような構成だ。磯の香りが漂うちくわ天は歯ごたえのある食感で、これだけでおかずの主役となり得る存在感を醸し出している。
海苔弁のキモといえる、海苔が敷かれたご飯部分は、米と海苔の間に敷かれたおかかの量が多いので、白米部分にかなり醤油が浸透していて味は濃いめ。海苔と米がしっとりとくっついているので、硬めのプレーンな米が好みの人は苦手に感じられるかもしれない。また、白身魚のフライも衣のサクサク感がないタイプで、これも評価が分かれるところだ。
ただ、一つひとつに微妙な点があっても、オリジンの海苔弁には「タルタルソース」と「減塩しょうゆ」が付属されているので、“味変”することが可能だ。サクッとしない揚げ物でも、醤油をかけたりタルタルをこってりと塗りつけることで背徳的なジャンク感がマシマシとなり、途中で箸が止まることはない。結果的に腹は満たされ、その費用は300円ほど。庶民的な海苔弁としてのノルマはクリアしたメニューといえるだろう。
ほっともっと「のり弁当」(360円)
おかずは白身魚のフライ、ちくわ天、きんぴらごぼうに漬物と、海苔弁的要素は満たしている。しっとりとした海苔の下には、おかか昆布が乗った、やわらか仕立てのごはんが詰まっている。
オリジンとは異なり、魚のフライは大きめのものが一つ。衣が厚いが、食感はなめらか。それでいて、中の魚の食感は硬め。付属の「プレミアムソース」をかけてみると、ご飯がないと受け止めきれないほどのこってり系となる(プレミアムソースはだし醤油にチェンジすることもできる)。
とはいえ、ご飯部分の海苔の下に仕込まれたおかか昆布の味が抜群で、おかずがなくても箸が進んでしまうという悩ましいバランス。オリジンのタルタルソースといい、ほっともっとのおかか昆布といい、主菜がイマイチでもご飯の推進力となるような味付けがされている。通なら、この海苔ご飯をおかずに白米が食べられそうですらある。
ほっかほっか亭「のり弁当」(390円)
100%国産米を謳い、やや硬めに炊き上げられたごはんの上に、だし醤油につけた花かつお、そして大判の海苔と、ご飯部分はスキがない。おかずは白身魚のフライ、半分サイズのちくわ天、きんぴらごぼうに漬物と、定番のラインナップだ。
このおかずの中で特に存在感を発揮していたのは、2020年11月にリニューアルされたという白身魚のフライだ。オリジンやほっともっとの魚フライと比べてふっくら感が強く、冷えた魚のフライにありがちなパサパサ感もない。「マヨしょうゆ」という他の弁当チェーンでは見かけないソースが添付されるが、これが適度に甘じょっぱく、魚の風味を無視しない、いいバランスに感じられた(店舗によってマヨ醤油はだし醤油・タルタルソースに変更可)。
ここまでチェーン系の海苔弁を食べ比べてみたが、安価とはいえ、チェーンごとに個性がまるで違うことに気付かされた。また、米が柔らかすぎる、フライの食感が悪いなど、多少の気になる点はあれど、「安いし、ちゃんとお腹いっぱいになる」という意味では、どの商品も完成度が高く、素晴らしい企業努力を感じさせてくれた。
刷毛じょうゆ 海苔弁山登り「海」(1100円)
いよいよ、1000円以上する高級路線の海苔弁当を実食する。まずは、冒頭でも触れた高級海苔弁専門店「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」だ。2012年に「スープストックトーキョー」で知られるスマイルズで企画された店舗として立ち上がり、日本航空の国際線機内食に採用されるなど大きな話題に。その後、スマイルズから分社して独立、2017年には高級海苔弁専門店として実店舗をオープンさせている。
現在では、銀座のほか、築地、東京駅、新橋、上野、品川に店舗数を拡大。メニューには肉や野菜中心の海苔弁もあるが、今回は海苔弁の定番食材・ちくわ天が入っている「海」を選んだ。
蓋を開けると、弁当箱からはみ出そうなちくわ天(磯部揚げ)と、それに匹敵するサイズの焼き鮭が目に入る。さらに、卵焼き、ほうれん草ナムル、しらたき明太子和え、ゆず大根など、安価な海苔弁ではお目にかかれない、凝った調理のおかずが並んでいる。
海苔は瀬戸内海産で、その年の一番摘みである上位1%の最高級品を使用しており、口溶けのよさが特徴だという。その海苔が、醤油が染み込んだササニシキに2層に挟まっていて、磯の香りがより引き立つ仕上がりになっている。
見た目には米と海苔がかなり融合された状態だが、食べてみると米の粒立ちが感じられ、海苔の旨みも強め。磯部揚げは冷めていても衣のサクッと感は健在で、歯ごたえも十分。鮭もほどよく脂がのっていて、絶妙な塩分濃度。卵焼きについたほのかな焦げ目はどこか家庭的な印象があり、“高級”と謳いつつも気取った感じがないのが好印象だった。
海苔弁いちのや「海苔弁」(1080円)
2020年7月に都内に店舗をオープンさせた高級海苔弁専門店「海苔弁いちのや」。現在は、新宿の甲州街道や靖国通り、人形町や日本橋などに11店舗を構えている。
大粒な新潟県産のブランド米「新之助」と、もち麦が混ぜられたごはんに、瀬戸内海産の海苔が敷かれている。その上に、メインの魚フライとちくわ天(磯部揚げ)、そして海苔弁には珍しい鶏肉の味噌焼きが乗っていて、隙間にはきんぴらごぼうと野沢菜の漬物が詰め込まれている。
食べてみると、おかずもご飯もかなりおいしいのだが、とにかく全体の味付けが濃い目になっている。肉の味噌味は強く、きんぴらもしょっぱめ、磯部揚げも一口でご飯が全部いけそうなほど風味が強い。魚フライは身が厚く食べごたえはあったが、店員に勧められて購入しておいた「タルタルソース(50円)」をつけると、すべてがタルタル味になってしまい、魚の風味が飛んでしまったのが残念だった。
もち麦を混ぜたことで歯ごたえのあるご飯は食べやすかったが、その中に一晩熟成させたという煮玉子が隠れているサプライズ。全体的にジャンク感が強く、ビジネスパーソンが昼休憩で買いに行くというよりは、帰宅後に一杯やりながらつまむのにちょうどいい味つけに思えた。
残念だったのは、海苔がごはんの上だけでなく、底にも敷かれていた点だ。丁寧な仕事と捉えることもできるが、弁当箱の底に海苔がくっついて、箸で削ぎながら食べるのは時間がかかった。味には問題がないが、食べるのに手間が増えるのは難点といえそうだ。
築地魚弁「海苔弁当(ハラミ白醤油焼)」(1480円)
大正14年創業の魚専門店「味の浜藤」から生まれた、魚が主役のブランド「築地魚弁」。そこで販売される海苔弁は2段となっており、下段にごはんと海苔、上段におかずが詰められている。
山形県産つや姫のごはんは硬めな炊き上がり。メインのハラスはボリューミーで脂加減もちょうどよく、焼き加減にかなりこだわりを感じる。ただ、卵焼きやひじきは高級感を感じさせない仕上がりで、煮物の味付けも薄め。魚と米のクオリティが高いせいか、副菜の完成度は低めに感じられた。
気になるのは、当たり前のように焼き魚が入っている点だ。実は、日本で初めて「海苔弁」を発売したといわれるほっかほっか亭では、販売初期は焼き魚を採用していたということもあり、フライよりも、さらに原点にこだわったチョイスとも考えられる。加えて、焼きものの方が揚げものよりヘルシーで高級というイメージもあるだろう。
だが、「海苔弁」と聞いてイメージするのは魚フライ。さらに、「築地魚弁」では定番食材であるちくわ天すら入っていない。ごはんの上に海苔が敷かれているとはいえ、一般的に想起される「海苔弁」のイメージとは、だいぶかけ離れた商品になっているように思う。
高級海苔弁はどれも素材が吟味されており、こだわりを感じさせるおいしさに仕上がっている。しかし、1個1000円を超える価格は、チェーン系なら3つは買えてしまう。それだけの価値があるのか、という冷静な視点や、海苔弁に対する思い入れや様式美を踏まえつつチョイスするのが大事なようだ。