インターネット上で毎日のように起きる「炎上」。火をつけるのはどのような人たちで、その動機はなんなのか?
前回に続き、そんな“炎上犯”の実態について、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)の著者で国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師の山口真一氏に聞いた。
炎上犯の動機で一番多いのは「正義感」
――山口さんの新刊『炎上とクチコミの経済学』では、炎上に参加するタイプを主に(1)正義感型(2)楽しみ型(3)便乗型の3タイプに分類されていますね。
山口真一氏(以下、山口) この中で一番多いのは「正義感」による人で、どの炎上でも60~70%を占めます。一方で、「正義感」で炎上に加担する人も「楽しいから」加担する人も、年間に書き込む炎上案件数は同じくらいなんです。しかし、炎上案件ひとつあたりに書き込む回数は、「正義感」の人は「楽しいから」の人より6回ほど多くなります。
――「ひとつのトピックに執着して、ひたすら書きまくる」のが「正義感」の人で、「燃えている旬のトピックに参加したら、また旬のトピックに移って……」というのが「楽しいから」の人というふうに、炎上に加担するスタイルが違うんですね。
「金持ち中年男」と「無職の若者」の共通点
――2016年の前回の取材時に、「炎上加担者はどんな人なのか」とうかがった際に「年収高めの既婚男性」という回答で意外だったのですが、『炎上とクチコミの経済学』でも似た結果が出ていますね。
山口 前回は14年の調査を基にお話ししましたが、新刊では16年の調査を基にしています。2度の調査を行っても、炎上加担者は「男性」「年収が高い」「主任、係長クラス」が多いという共通した結果が出ました。
動機と属性を踏まえると、ある程度の知識や教養のある人が、たとえばジェンダーや政治に関して自分と違う考えを持つ人に攻撃をしたり、学生のやんちゃを上から目線でしかりつけたりしている姿が想像できます。
なお以前、クレーマーの研究をされている関西大学社会学部の池内裕美教授とお話ししたのですが、「男性」「年収が高い」「主任、係長クラス」という特徴は、クレーマーと似ているのだそうです。ただ、クレーマーでは定年後の方が多いようで、「元」がつきます。
――「金も地位もあるのに不機嫌な男性が、ネットでもリアルでも偉そうにしている」と……頭が痛くなりますね。
山口 ただ、それ以外に、もうひとつのタイプがあります。複数の弁護士の方から聞いたのですが、炎上で書類送検されたり提訴されたりする人は、ほとんどが無職の若者なのだそうです。
――先ほどの「年収や地位が高めの男性」とは人物像が変わりますね。ステレオタイプ的なネット依存者のイメージに忠実というか。
山口 はい。執拗に批判や誹謗中傷を繰り返し、それこそ殺害予告などまでしてしまって裁判に至るような人は、ステレオタイプ的といえます。
――先ほどの「地位も金もある男性」は、その一線は越えないということですね。そうすると、炎上加担者には「鼻持ちならないクソ上司」と「失うものがない、いわば無敵の人」の2タイプがいるんですね。
ネット上は「法治国家ではあり得ない状態」
――特に企業へのクレームなどでは、炎上は“やったもの勝ち”になりがちですよね。聞く耳を持たずに吠え続け、相手がうんざりしていなくなる……の繰り返しであり、いわばゴネ得ですよね。
山口 そうですね。たとえば、ある店で、本人の落ち度が原因で従業員に注意された消費者がいたとします。そこで、腹いせに、自分の落ち度の部分は一切隠して「こんなひどい店なんだ」と「食べログ」などに書くこともできてしまいますよね。
「その人が社会的に退場するまで攻撃をし続ける」というのが炎上の実態ですが、これはリンチ(私刑)であり、法治国家ではあり得ないことです。しかし、今は炎上対象者の個人情報などが当たり前のように拡散されてしまっています。
実際、炎上がきっかけで学校を退学に追い込まれたり、就職や結婚が取り消しになったりするケースもあり、その人の人生に大きな影響を与えてしまっています。
――「就学、就職、結婚がずっとできない」というのは、その人を社会的に「生きるな」と言っているようなものですよね。
山口 一方で、無実や濡れ衣の場合は別ですが、炎上の対象者としては「悪いことをしてしまった」という意識があるので、訴える方向にはなかなかいけません。もし訴えようものなら、さらなる批判や炎上につながるのは目に見えているからです。加えて、裁判費用の問題もあります。そのため、度を超えた私刑であっても法的な対処ができずに当事者は泣き寝入りするしかなく、“炎上させたもの勝ち”になってしまう……というのが今のネットの状況です。
――このあたりの問題についても、前回の取材時から状況が変わらず、もどかしいですね。
ネットユーザーがハマる“正義感”の罠
炎上は「正義感」から――。そんな独りよがりの正義感に、残念ながら私も心当たりがあった。私は駅伝を見るのが好きなのだが、駅伝の解説でメインを務めることの多い増田明美氏の、競技とまったく関係ない選手のプライベートを伝える解説が苦手だ。
全日本大学駅伝の当日に、この不満をツイッターでつぶやいたところ、明らかに日頃のツイートよりも見る人が多く(おそらく、「#全日本大学駅伝」で検索したのだろう)、それで調子づいたこともあり、数回関連のつぶやきをした。そのとき、頭の中にあったのは「これは世直しであり“聖戦”である(間違っているのは増田氏の解説と増田氏を重用するマスコミだ)」という、強い正義感だった。そして、つぶやけばつぶやくほど、その正義感は燃えたのだ。
しかし、「好きなこと」や「得意なこと」ではなく、「許せないこと」に心血と情熱を注ぐ生き方は不毛だし、健康的でない。そんな行為を続けている「クソ上司」と「無敵の人」は、自分の心や人生を自ら荒廃させているようなものであり、毎日がんばってセルフネグレクトをしているともいえるのではないだろうか。
最終回となる次回は、引き続き山口氏に「炎上はどう対策すればいいか」などについて話をうかがう。
(文・構成=石徹白未亜/ライター)
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