iPhoneのデザインは、ソニーのケータイをマネしていた?
(講談社/ウォルター・アイザックソン著)
朝日新聞記者、ソフトバンク広報室長を経て、現在はシンクタンク・麻布調査研究機構代表理事を務める田部康喜氏が、気になる書籍やメディア報道の紹介を通じて、ホットなあの話題の真相に迫る!
東京・銀座のアップルストアに、開店前から並ぶ長い人の列ができ、銀座通りに沿ってほど近いソフトバンクモバイルの旗艦店にも同様の光景が。それを、報道陣のカメラの放列が取り囲む。
「iPhone 狂騒曲」は、再びメディアによって奏でられた。
アップルは9月21日、最新機種である「iPhone 5」を日本で売り出した。「iPhone 3G」が登場したのは、2008年7月である。そして、10年6月の「4」、11年10月の「4S」。さらに、「5」に至ってもなお、その人気は衰えずに加熱している。
アメリカの調査会社のIDCによると、12年上期の世界のスマートフォンのシェアは、サムスンが31%、iPhoneが21%、ノキアが7%である。ちなみに、タブレットでは、アップルのiPadが71%、サムスン9%である。
他の調査会社の推定によると、スマートフォン市場で生み出される利益のうち、アップルがその70%以上を占め、サムスンは26%にすぎないという。ましてや他のメーカーはほとんど利益を出していない。
アップルの一人勝ちである。
日本のメディアの「iPhone 狂騒曲」も、投入された機種の数を模していうなら、アップルの戦略やその新製品の機能の分析をする主旋律から、日本のメーカーのふがいなさを嘆く哀調を帯びた旋律を奏で始めたようにみえる。
スマートフォンの大きな潮流を、日本メーカーは見逃したという、批判の強い調子も
加わって、「失われた20年」の記憶が蘇り、読者にはいささか耐えがたいのではないか。
「今日を記録する」という意味である「ジャーナリズム」は、日々の出来事を追いながら、その一方で歴史的な潮流をみなければならない。日本のメディアは、「ウチ」を攻撃するに際して「ソト」をもってする傾向が強い。それは、日本が過去の歴史のなかで、「ソト」からの衝撃によって、「ウチ」の変化を遂げてきたことと無縁ではない。黒船の来襲によって、近代化を成し遂げた列島の現実である。
しかし、日本のメディアのそうした視点は、時として動揺をきたして対応ができない事態が発生する。
アップルとサムスンの訴訟で表面化した、衝撃の証拠
例えば、アップルとサムスンのスマートフォンをめぐる訴訟合戦のなかで、アップルのオリジナリティを否定する証拠として、サムスンが提出した衝撃の証拠である。
サムスンによれば、
「iPhoneのデザインの発想は、ソニーが極力ボタンを少なくした携帯電話の開発を参考にしている」
という記事が発端だった、とする。アップルはこれをきっかけとして、社内の日本人デザイナーに対して「ソニーが(iPhoneを)つくるとしたら、どのようなデザインになるか」と、試作させたとしている。しかも、その試作機にソニーのロゴを入れていた、という。