先行した静岡では昨年の半年間で起業希望者が31人、事業承継を希望する企業が21社現れたが、後継創業の成約実績は結局ゼロだったという。NHKのニュースで報道された静岡市清水区の乾物店のケースは、商工会議所の「創業・事業引継ぎ支援プロジェクト」の後継者公募で決まったもので、後継者バンク経由ではない。
各自治体の後継者バンクも、起業希望者は独立を目指して修業中の料理人が多く、現金商売で店に固定客がついている飲食店は、比較的スムーズに話が進むのではと期待したようだが、実績は上がっていない。
ネックになっているのは、なんなのだろうか? 事情はさまざまだが、関係者の話ではミスマッチが原因のようだ。
それも、企業経営者の考え方と起業希望者のビジネスプランが相いれないというケースより、起業希望者の考え方や能力、人柄が経営者のお眼鏡にかなわないことが多いという。
経営者も、苦労して育ててきた会社を後継者につぶされては嫌だろう。そのため、起業希望者に対して要求する水準が高くなるのも無理はない。後継者が子供などの身内や、何十年も一緒に働いてきた幹部であれば、多少のことは目をつぶっても、赤の他人になると妥協できない、ということもあるだろう。
また、起業希望者独特の「アクの強さ」が敬遠されることもありそうだ。起業希望者には、束縛を嫌い、既存の価値を疑い、すぐ口に出したり行動に移し、「お山の大将」で自分がやりたいようにやる、という「普通のサラリーマンになれないタイプ」が多い。
そもそも、会社を立ち上げるという青雲の志を持った時、それぐらい個性的な人物でなければ成功をたぐり寄せることはできない。しかし、経営者はそういった「創業型」より、人望が厚く調整型の「守成型」を期待する。前者は、経営者の目に「会社の秩序の破壊者」と映りかねないのだ。
また、創業経営者の場合、同じタイプを後継者にすると社内で対立が起こりかねないため、避ける傾向もある。
経営者が子供の教育に力を入れたものの、高学歴が仇になって後継者になってくれないケースもある。その場合、「釣り合いが大事」などと理由をつけて、妙に起業希望者の学歴にこだわることもあるだろう。また、「かばん持ちとして何年間か修業させて、様子を見たい」という、ありがちな経営者の要望も、起業希望者にとっては受け入れがたいものかもしれない。
中小企業の経営者は、「後継者がいない」とぼやきながら、一方では後継者候補への要求が多く、求める水準も高い。だからこそ、後継者難が深刻化しているともいえる。自前の起業だけでなく、後継創業も視野に入れている起業希望者は、そうした事情も心得ておく必要がありそうだ。
(文=寺尾淳/ジャーナリスト)