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小笠原泰「日本は大丈夫か?」

75歳以上の高齢者、免許更新時にマニュアル車での実車試験案

文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授
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 政府は6月、交通安全確保に向けた緊急対策として、ペダルを踏み間違えた際の加速抑制装置などの安全運転支援機能を持つ自動車のみ運転できる高齢者向け限定免許を創設すると発表した。交通安全の旗の下で日本を支える自動車産業における買い替え需要創出を忍び込ませるあたりは、さすが自民党である。年金不安が募る75歳以上の高齢者の買い替え需要を見込むのが、どのくらい現実的かはかなり疑問である。しかし、日本社会の隅々まで根を張る利権システムの頂点に君臨する自民党であるので、大票田である高齢者の生活の利便性と交通安全維持と称して、補助金を投入して買い換え需要をつくり出す可能性は否定できない。

 この政府の決定を受けて警察庁は、限定免許の対象者を判断するために実車試験の導入を検討しているという

 では、現行制度では75歳以上の高齢者の免許更新はどのようになっているのか。現在、75歳以上のドライバーは高齢者講習前に認知機能検査を受け、以下に分類される

(1)検査結果が前回と変わらない方(記憶力・判断力に心配なく、認知機能が低下しているおそれがないドライバー)

(2)検査結果が前回より悪くなっている方(記憶力・判断力が少し低くなっており認知機能が低下しているおそれがあるドライバー)

(3)検査結果が「記憶力・判断力が低くなっています」と判定された方(記憶力・判断力が低くなっており認知症のおそれがあるドライバー)

(1)の該当者は2時間の高齢者講習を受けて、免許はそのまま更新される。(2)の該当者は3時間の高齢者講習を受けて、免許証は更新される。どちらも60分の実車講習があり、試験ではないので必ず終了証明書が交付される。

(3)の該当者は臨時適性検査(専門医の診断)の受検、または医師の診断書提出が必要となり、認知症と診断された場合は、運転免許の取消し、または停止になる。認知症ではないと診断された場合は、前回の認知機能検査結果と比較して悪化していれば、(2)と同様に3時間の高齢者講習の受講が必要となる

 また、75歳以上で免許を保持しているドライバーに対しては、信号無視などの政令で定める18種類の違反行為を行うと、臨時認知機能検査を受けることになり、認知機能低下が見られた場合には、さらに臨時適性検査(専門医の診断)または医師の診断書提出、臨時高齢者講習を受けることになる

 このように現在の制度は、75歳時点の免許更新と75歳以上で免許を保持するドライバーの運転の危険度を随時チェックするようになっており、よくできていると思う。しかし、それでも高齢者の交通死亡事故率は高いという現実がある。前述のように、実車講習は試験ではないので、必ず終了証明書が交付されるという問題がある。

MT車の運転試験

 筆者は、人を殺傷するリスクと車を使う利便性を天秤にかけ、ドライバー自身が運転能力を自覚し、判断することが重要だと考える。そこで、突飛なアイディアだが、実車講習をマニュアル(MT)車で行うのはどうであろうか。フランスなど欧州ではMT車が多く、高齢のドライバーも運転している。MT車はオートマチック(AT)車に比べて運転操作が複雑で神経を使い、より統合的な動作・認識・判断が求められる。マニュアル車で運転すれば、自分の運転能力の低下を実感するドライバーは多いと思う。

 現在の後期高齢者でAT車を運転していても、「AT限定免許」を保持しているドライバーは少数であろう。高齢者ドライバーはMT車でも運転できるべきではないか。MT車で運転できない高齢ドライバーは、車を運転しないほうがよいかもしれない。自動車学校のように、仮免許を取得しなければ公道を運転できないのと同じように、MT車で運転ができるようになるまで免許の更新をしないとすればよいのではないか。

 試験官が足りないという指摘もあろうが、少子化と若者の車離れに直面する自動車学校業界にとっては特需であり、そこと関係が深い警察も喜ぶのではないか。MT車の運転試験に合格できないが、どうしても運転したいという人には、安全装置付きのAT車購入を義務付ければよい。

 地方の高齢者は車がないと生活できないので、運転できなくなるのは困るという意見もあるが、個人の利便性と多くの地域住民の人命を天秤にかけて考えるべきではないか。都会に関しては、公共交通機関が整備されており、リスクを冒してまで車を運転すべきかを考えるべきだ。

 そもそも社会が一定の年齢になった高齢者に免許の返納を強制させようと無言の圧力をかけるのは、運転技術には個人差があるのでフェアではないし、個人の意思決定に反する。75歳以下でも運転しないほうがよいドライバーは存在する。

 警察庁「高齢者講習の運用について(通達)令和元年6月12日」(P.3)をみると、75歳以上を対象とする臨時高齢者講習の運転実技では、「普通自動車については、マニュアル式及びオートマチック式のものに補助ブレーキ等の装置を装備したものとすること」となっており、AT車とMT車の選択が可能になっている。しかし、警視庁の運転免許本部に問い合わせると、都内ではほとんどAT車のみで実施されているようである。

 この「マニュアル式及びオートマチック式のもの」という文言を「マニュアル式のもの」にすればよいと考えるが、いかがだろうか。

(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)

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