つい最近までベルリンフィルもウィーンフィルも女性団員ゼロだった…採用拒絶で世界中から批判
令和2年になりました。平成は「男女の機会均等」を考えた時代でしたが、令和はどうなっていくのでしょうか。
スイスのシンクタンク、世界経済フォーラム(WEF)が昨年12月、世界153カ国を対象とした「男女格差報告2019年版」を発表し、政治や教育など4分野を総合した順位で、日本は前年の110位から後退し121位となりました。G7(主要先進7カ国)で最下位だったという事実にも驚きますが、家長制度が強く残っている韓国でも108位で、さらに日本のひとつ上の順位に、男女差別が厳しいイスラム教徒が国民の大多数を占めているアラブ首長国連邦があることにも愕然とします。
そんななか、世界では言葉も生まれ変わってきています。たとえば、英語の授業で「彼」は“he”、「彼女」は“she”と教わりますが、最近の英語圏では、これらの単数形の代名詞にも“they”を使うことが多くなっているそうです。まだ一般的ではないとは思いますが、近い将来“They is(!) a Japanese student.”などと書くことが正解となるかもしれません。男女だけでない、現在の多様化する性に対応した新語ですが、男女を別の呼称で表すことに対する抵抗感が高まってきたことによるものと思います。ちなみに、米辞書出版大手メリアム・ウェブスターは、“単数形のthey”を「2019年の言葉」に選びました。
ところで、昭和時代には航空会社の客室乗務員を、男性は「スチュワード」、女性は「スチュワーデス」と呼んでいたことを覚えている方も多いでしょう。それが、アメリカで「ポリティカル・コレクトネス=性別、人種、民族、宗教による差別や偏見をなくして、政治的、社会的に公正中立な言葉や表現を使わなくてはならない」という考え方が広まり、性別による名前の違いが認められなくなってきたことを受けて、使われなくなりました。
全日本空輸(ANA)が1987年、日本航空(JAL)でも96年にスチュワーデスという言葉を廃止しました。その後は、客室乗務員、キャビンアテンダント(CA)、フライトアテンダント、キャビンクルーといった言葉が各社で混在しています。ちなみに、キャビンアテンダントは和製英語なので、外国人には通じないことが多いようです。
平成の30年間は、職業における性別の差を解消してきた時代でもありました。そして令和を迎えた今、“they”という言葉に象徴されるように、これからは生物学的な意味を除いて、性差という言葉すらもなくなっていくのかもしれません。
世界の2大オーケストラも、かつては男性楽員のみだった
実は同じようなことが、平成の時代には世界のオーケストラでも起こったのです。日本の元号を世界に当てはめるのは乱暴かもしれませんが、昭和の時代までは、たとえば、世界の2大オーケストラであるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に女性団員はまったくおらず、ほかのオーケストラでも古い写真を見ると男性団員ばかりです。当時の日本でも、男性団員のみのオーケストラがありました。
それが現在のベルリン・フィルでは、ヴィオラ首席奏者は日本人女性の清水直子さんですし、総勢20名の女性団員が在籍しています。実は、1982年に初の女性団員の入団をめぐり、ベルリン・フィルを揺るがす大事件が起こったのです。当時の芸術監督は、“楽壇の帝王”と呼ばれ、世界の指揮者の頂点に君臨していたヘルベルト・フォン・カラヤンです。この絶大な権力を持った彼が、23歳の若き天才クラリネット奏者、ザビーネ・マイヤーをベルリン・フィルに入れようとしたのですが、団員から大反対を受けてしまいます。
団員が反対した理由は「音色が合わないから」とされていますが、マイヤーが女性だったからだとも指摘されています。このトラブルにより、黄金時代を極めていたカラヤンとベルリン・フィルとの間には大きな溝が生まれ、その後、溝は深まるばかりで、7年後にカラヤンは自主退任してしまいます。当のマイヤーはトラブルを受けて、自分から入団を辞退しましたが、ベルリン・フィルは世界中から大きな批判を浴び、トラブルの翌年、創立約100年で初めて、女性団員を採用することになりました。
一方、ウィーン・フィルはもっと保守的で、僕が指揮科の生徒としてウィーンに留学を始めた1996年でも男性団員しか採用がなく、アメリカツアーの際に抗議行動を受けたことが現地の新聞で大きく取り上げられたのを覚えています。現在は、女性団員はもちろんのこと、コンサートマスターのひとりも女性で、素晴らしい演奏を繰り広げています。
とはいえ、彼女たちは「女性団員を増やそう」とか、「男女比を統一しよう」といった理由で採用されたわけではありません。日本では、内閣の組閣のたびに「女性閣僚が少ない」と話題になりますが、オーケストラの場合は、オーディションに合格しなくてはならない完全な実力社会なので、女性が少ないこと自体が問題になる余地はまったくありません。それよりも、実力ある女性のほうが男性よりもオーディションに合格するケースが多いくらいで、ある意味、男性も女性も平等に機会を与えられる世界といえます。
性差が完全に撤廃されている北欧の国々
昨年12月、フィンランドで女性首相が生まれたことが世界的に大きな話題になりました。本連載記事『シカゴ交響楽団員、年収1800万円でも不服? クラシックオーケストラの特殊なストライキ事情』において、フィンランドの郵便局でストライキが行われていると紹介しましたが、その対応の悪さが命取りとなり、首相辞任に追い込まれたアンティ・リンネ氏に代わって、サンナ・マリン氏が新首相に就任したのです。
何よりも驚かされたのは、彼女がまだ34歳で現在、世界最年少の国家指導者となったことです。そしてこのマリン首相が、「自分の年齢や性別について考えたことはない。私が政界入りした理由と、私たちが有権者の信頼を勝ち取った事柄について考えている」と言い切ったことは、これからの時代を体現していると感じさせます。彼女は“he”でも“she”でもない、“they”を具現化したこれからの時代のリーダーです。ちなみに、マリン内閣は5党で連立政権を組んでいますが、すべての党首が女性です。しかも、ひとりを除いて30代であることも話題になっています。
フィンランドは、男女の均等な雇用機会という言葉すら思い出すことがないくらい、性別にこだわることなく、国民すべてに平等な機会を与えられている国なので、実力者が集まった結果として、女性ばかりになったのでしょう。国民自体に、男性だから、女性だからという意識が少ないのは、世界に先駆けて性差撤廃に取り組んできた北欧の国ならではです。実際に前出の「男女格差報告2019年版」でも、第1位アイスランド、第2位ノルウェー、第3位はフィンランドと、北欧が上位を独占しています。
新年にあたり、男女が平等ではなかった昭和から、社会が男女の機会均等を考え続けた平成を経て、令和の日本が「平成では、わざわざ“男女平等”なんて言っていたんだよね」と言えるような“they”の時代になることを願っています。
ただ、演奏会の客席は別の話です。女性ファンをつかむと、旦那、恋人など、男性もついてくるというのが、世界のオーケストラのセールスマネージャーの共通認識です。令和の時代も女性優位は変わらないでしょう。
(文=篠崎靖男/指揮者)